「同姓同名」3冠達成【特集】第10回全国高校ビブリオバトル決勝大会

 高校生がお薦めの一冊を紹介し合う書評合戦「第10回全国高等学校ビブリオバトル決勝大会」が1月28日、東京都豊島区の東京国際大学池袋キャンパスで開かれた。都道府県大会、読売中高生新聞大会を勝ち抜いた49人のバトラーが出場。聴衆約500人の投票で、「同姓同名」(下村敦史著、幻冬舎)を紹介した埼玉県立越ヶ谷高校1年の福本皓埜(ひろや)さんが優勝した。同姓同名は、昨年度の中学生大会、今年度の大学生大会に続き3大会連続で優勝本となった。※決勝大会出場者の推し本リストと大会の動画はこちら ※写真特集はこちら

 

グランドチャンプ本「同姓同名」下村敦史著、幻冬舎

埼玉県立越ヶ谷高校1年 福本皓埜さん(埼玉県代表)

 陰惨な殺人事件を起こした16歳の少年の名前が週刊誌によって暴露される。少年と同じ名前のために周囲から中傷を受け、人生を狂わされた人々。「本物」の顔をさらすことで名誉を回復しようと動き出すが......。

 紹介の枕に持ってきたのは、イントロクイズだった。「♪ テレテレ~。これ、何の曲か分かりますか?」

 人気アニメ「名探偵コナン」の挿入曲だ。謎を一つずつ解き明かし、真犯人にたどり着く。ミステリーの王道作品の構造を楽しく解説しながら、犯人の名前が最初から明かされるこの小説の意外性を訴えた。「犯人の名前は大山正紀(おおやままさのり)。でも、話はこれで終わりません。まだまだこれからです。なぜなら登場人物は全員同姓同名だから」と続けた。

 様々な背景を持つ大山正紀のエピソードが絡み合い、ついに犯人が明かされる。でも、爽快感は一瞬しかない。気づくと、「この大山正紀はどの大山正紀だったっけ?」と、自然と前のページに戻ってしまうのがたまらなく魅力。「読めば読むほど、大山正紀が本当に気になってしまう!」とたたみかけた。

 「もっと上手に出来たはず。優勝はラッキーだったとしか言いようがないです」と振り返るが、大胆な発表が観客の心を確かにつかんだ。

 作中、気になる大山正紀がいる。希望大学への進学がかなわなかったサッカー少年と、就職活動に失敗し続けた男性の2人だ。いずれもどこか自分に重なるところがあると思っている。「この2人のこと、下村先生も好きなんじゃないかなあ」

 

 「同姓同名」の著者・下村敦史さんの話 3大会連続で優勝本になり、本当にびっくりしました。SNSなど現代的な問題がテーマになっていて感情移入しやすかったのかもしれないですね。バトラーの熱意に、作者としては感謝しかありません。ありがとう。

 

準グランドチャンプ本「カキフライが無いなら来なかった」せきしろ・又吉直樹著、幻冬舎

京都市立日吉ケ丘高校2年 木原琉翔(りゅうと)さん(京都府代表)

余白の解釈 楽しむ

 「ストーリー性もなければ、皆さん大好きな伏線回収もございません。じゃあ何がいいのかというと、『余白』でございます」。作品の読みどころを一言で表した。

 日常生活を詠んだ500以上の自由律俳句などをまとめた本。ちょっとした出来事と、ちょっと芽生えた自意識が織り交ぜられる。「誰が」「いつ」「どこで」といった情報はそぎ落とされ、ページの中に大きな余白があることで、読む人によってさまざまな解釈ができる。

 醤油差しを倒すまでは幸せだった

 ゴキブリが出たらジャンケン

 軽妙な語り口で作中の2句を紹介し、「いいでしょう。余白が情感があって」と呼びかけ、笑いを誘った。

 「僕、この本に出会うまで暗かったんです。モノクロだった日常に彩りを与えてくれました」。生き方は、日常の捉え方次第なんだと教えてくれたエピソードも披露し、発表に大きな説得力を持たせた。

 高1の夏に出会ってから、心の支えになった本を紹介しての準優勝に、「こんなに熱弁できる本はありません」と喜んだ。

 

ゲスト特別賞「吉祥寺の朝日奈くん」(中田永一著、祥伝社)

関西創価高1年 神前拓望(こうさき・たくみ)さん(読売中高生新聞代表)

表題作を語らず入賞

 「恋愛小説って自分、苦手なんですよ」。こう切り出しておきながら、恋愛小説5本を収めた短編集を取り上げる。それを矛盾と感じさせない構成力と、何度も笑いをとった巧みな話術は、「大好きな関西の漫才」を聴き込むうちに身についたものらしい。

 この本の顔とも言える表題作は、映画化もされた切ない佳編だ。だが、そんな知名度のある物語には頼らない。「いい話だし、大好きだけど、自分がしゃべるには別の話の方が合うと思った」。ユーモラスな設定に特徴がある2本を選び、借り物ではない言葉で発表を組み立てた。

 「交換日記はじめました!」は地の文や情景描写がなく、登場人物がやり取りする文面だけで物語が進む。「付き合いたての恋人同士の交換日記をのぞき見るような面白さです」。頻繁におなかが鳴ってしまう女子高生が主人公の「うるさいおなか」は「あこがれの先輩に、ついに告白。さあ腹は鳴るのか、鳴らないのか!」と、まくしたてた。

 「どんな人が読んでもフレッシュな感動を味わえます」。ゲスト特別賞を手にし、改めて笑顔で語った。

 

東京国際大学賞「月と日の后(きさき)」(冲方丁著、PHP研究所)

鹿児島県立加治木高校2年 宮路結愛(ゆあ)さん(鹿児島県代表)

守るものある人の強さ示す

 主人公は時の最高権力者である藤原道長の娘彰子。12歳で一条天皇の后となり、朝廷内に渦巻く陰謀、思惑に翻弄(ほんろう)されていく。そんな彰子が、ライバルが産んだ子どもを守ろうとして、父と対立を深めながらも朝廷に安寧をもたらす「国母」として成長する姿が描かれる。

 「世間知らずの箱入り娘だった少女を強くしたモノはなんだったのか。読み進めていくうちに、ある人物との強い絆が関係しているのではないかとわかったとき、心を揺さぶられました」。千年の時空を超えて令和を生きる自分に「譲れない一線を持ち、守るものがある人間の強さ」を教えてくれた大切な本になったと訴えた。

 「ファンタジーのような派手な設定、ミステリーのような大胆なトリックもない。でも、実在した人物を描くからこその生々しさが歴史小説の魅力です」。力強く締めくくった発表に、作者の冲方さんは「誰にでもわかるように歴史小説の面白さを訴えてくれたのが素晴らしい」とコメントした。

 

 

朝井リョウさん&高瀬隼子さん【トークセッション】

 8人による決勝前に行われたトークセッションには、直木賞作家の朝井リョウさんと芥川賞作家の高瀬隼子(じゅんこ)さんが登場した。

 

朝井リョウさん(中央)と高瀬隼子さん(右)の軽妙なトークが客席を沸かせた

 

魂がふれあううれしさ追って...朝井さん

 小学生の頃から、物語を書き始めたという朝井さん。「大人の感想が欲しくて投稿をしたが、選に残らない。でも、担任の先生が便箋に3枚も感想を書いてくれた。その時、文章を挟んで、年齢や肩書が消え、魂と魂がふれあうのを感じた。そのうれしさを今も追いかけている」と話した。

 

書きながら働く自分も好きだった...高瀬さん

 昨年まで会社員との二足のわらじを履いていた高瀬さんは、「会社で働く自分も好きで、体力が続けば定年まで働きたかった。会社に来ると、作家活動から頭が切り替わり、呼吸が出来た」と振り返った。

 高校生に薦める一冊として、朝井さんは、「主人公の男女の関係性の変遷の描き方が絶妙です」と、「トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー」(ガブリエル・ゼヴィン著)を推した。高瀬さんは、「人間は多面的だと学んだ大切な一冊」と「ドーン」(平野啓一郎著)を挙げた。

 

人気作家2人、ビブリオバトルを語る

 トークセッションを終えた朝井さんと高瀬さんは、決勝バトルを観戦し、表彰式でプレゼンターを務めた。観戦後に語った感想は以下の通り。

 

朝井リョウさん

 「書く」というのは無音の中の作業で、とても静かです。読者の反応が分からず、心が折れそうになる。きょうは高校生の熱のこもった発表に励まされました。参加された方々をリスペクトします。紹介された本はどれも興味深く、書店に通う楽しみを増やしてくれました。本は世界を広げてくれる窓のようなものだと思っています。たくさんの窓を開けて色んな世界を覗いてみてください。

高瀬隼子さん

 ビブリオバトルは初めてで、どきどきしながら会場に来ました。小説家というお仕事を始めて、お薦めの本を教えてくださいと言われることがすごく増えたんですけど、これが難しい。こんなにわくわくさせられ、絶対読むぞという気になる発表ができるんだということを教えてもらいました。ビブリオバトルを見たら、きっと誰もが本を読みたくなる。こんなふうに紹介してもらえる本は幸せだと思います。

 

和太鼓グループ彩の演奏も会場を盛り上げた

 

 【主催】活字文化推進会
 【主管】読売新聞社
 【特別協力】東京国際大学
 【協力】松竹芸能
 【後援】日本書籍出版協会、全国高等学校文化連盟、全国学校図書館協議会、日本書店商業組合連合会、文部科学省、文字・活字文化推進機構、東京都教育委員会、大日本印刷

 

中学大会 3月24日

 第7回全国中学ビブリオバトルが3月24日、滋賀県大津市の龍谷大学瀬田キャンパスで開かれる。正午開会。観覧無料。ゲスト作家は、今村翔吾さんと宮島未奈さん。観覧申し込みはこちら

 

(2024年2月26日 14:45)
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