ぬまっち先生コラム15 アナザーゴール(4)

時間を見つけては81ます計算「RU2」に挑戦する姿はクラスの日常風景。「がんばれ!もう1分過ぎちゃったぞ!」

沼田 晶弘


第15回 アナザーゴール(4)


 

♣ゴールは後からついてくる

 「勝手に観光大使」をやったことで、子どもたちは日本の地理に詳しくなり、プレゼン能力が高まり、書いて表現する力もついた。ふしぎな郷土愛(?)さえ芽生えました。教育としての最終ゴールは軽々と達成されたわけです。

 が、子どもたちはそれに気づいていません。というか、わかってても気にしません。だって、勝手に観光大使をやること自体が楽しいから。アナザーゴールは楽しむための工夫ですが、楽しんだだけでは終わらないのがミソです。ボクの仕事は、本来のゴールから逆算して、小さな楽しいゴールを設定することです。

 こう考えるとわかりやすいかも。例えば東京から大阪へのルートは、新幹線で行く、各駅停車で行く、飛行機で行く、船で行く、徒歩で行く......いろいろありますよね。肝心なのは大阪(最終ゴール)に着くことで、その道のりは最短距離である必要はない。多少曲がりくねっていてもいい。風景を楽しみながら、歌って踊りながらの旅でもいい。楽しければ楽しいほどいいんです。

 この章の初回に書いたダイエットの話にちょっと戻りますと、ボク自身がダイエットの時に自ら設けたアナザーゴールは、「豆腐料理を研究して実践」「郊外のショッピングモールに行く」でした。自分で料理を考えるのは楽しいし、ショッピングモールってやたら広いから、一日買い物するとものすごい歩数になりますよ!

 

♥「81ます計算」に夢中になる

 ボクが2011年に2年生の担任だった時、九九を覚えさせるために、百ます計算ならぬ「81ます計算」を取り入れたことがあります。1~9の数字を縦横1列目に順番に並べ、よーいドンで81のますを掛け算で埋めていくというものです。

 何でこれを思いついたかというと、子どもひとりひとりをテストして、合格のハンコを押していたら、ボクの時間がいくらあっても足りないからです。1の段から9の段まで聞いていたら、ひとりあたり9つの合格ハンコが必要になる。40人いたら360個です。膨大な時間が必要になります。

 ボクは毎日、子どもたちと交換日記をやっています。とにかく、子どもが帰るまでに日記を見てコメントすることが大事なんです。「81ます計算」は、その時間を生み出すために工夫した方法でもあります。全員一斉にやれば、だれかをムダに待たせるということもありませんしね。

 沼田式81ます計算の制限時間は2分。クラスで一斉にやって、丸付けもお互いにやらせました。この「お互いに採点」というのがまた勉強になるんです。いずれ詳しく書く機会があると思いますが、今のボクたちのクラスでは、日ごろの漢字テストも子ども同士が採点しています。

 2分を切った子にはU2(Under 2minutes)の称号が与えられ、ちょうど2学期末だったので、「年賀状にU2と書いてもいいぞ!」と言いました。「まさきU2」みたいに。最初は「U2バッジ」も作って、達成者が1日つけていましたが、そのうち誰もつけなくなりました。彼らにとっては、U2であることでもう十分だったんですね。

 

♠さらに難易度を上げた「RU2」へ

 ボクがハードルを上げ続けるタンニンであることは、すでにおわかりかと思いますが、U2がだいたいできるようになると、2年生の3学期から「RU2」に進化させました。1から9まで順番に並べるノーマルU2に対して、RU2は数字を毎回ランダムに並べます。難易度大幅アップですが、子どもたちはそういうチャレンジをむしろ喜びます。普通ならだれもが嫌がる九九に、家に帰っても際限なく熱中する子が続出して、親をびっくりさせました。これもアナザーゴール方式のひとつです。

 

♦6年生で復活、計算ミスも減る

 現在、ボクたちの6年生のクラスでは、このRU2が復活していて、KMK=「計算毎回(制限タイムを)切る」プロジェクトまでできています。制限タイムは1分21秒。1ます1秒の計算です。ひとつ間違うと20秒のペナルティーです。

 1分21秒は、大人でも相当難しいはず。ところが、ボクたちのクラスでは、38人全員が達成したことがあります。60秒を切ると「神の領域」と呼ばれます。神様は1問間違えても制限タイムをクリアできる仕組み。これまでの最速記録では何と40秒を切った子がいます。

 計算が速い子を見ていると、手と目と頭がそれぞれ違う動きをしているのがわかります。手で数字を書きながら、頭が違うほうを向いている。目がどんどん先のますへ行っているんですね。脳がフル回転しているからです。実際、このクラスでRU2を始めてからは、子どもたちの計算ミスがめっきり減りました。ただ計算ミスを減らすために計算問題を繰り返しやらせていたら、こうはいかなかったのかもしれませんね。

 

♣子どもを最初に動かす力は「楽しさ」

 ボクが常に考えているのは、どうしたら子どもたちが楽しいかです。そのためには、子どもが何をしたいのか、何を欲しがっているかをよく知ることです。

 一番力が要るのは、止まっている物体を動かす時。一度動けば、より少ない力でスーッと動かすことができる。その最初の力は「勉強」ではなく「楽しさ」だとボクは思っています。そのための作戦がアナザーゴールです。この考えは、いろいろなことに応用できるのではないでしょうか。

 というわけで、ボクたちのクラスを見学に来る人は、ちょっと覚悟してください。KMKプロジェクトのメンバーが、タイマー片手に手ぐすね引いて待っています。あなたとRU2勝負をするためです。子どもは大人と勝負をするのが大好きなんです。

 まさか、子どもに挑戦されて、逃げるわけにはいきませんよね?でも、彼らは手ごわいですよ?

 だってここは、世界一のクラスですから!


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沼田先生略歴

ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。現在は6年生担任。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。初の一般向け著書『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)が2月25日に、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が3月24日に刊行予定。

 

(2016年2月15日 10:00)
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