沼田 晶弘
第17回 真ん中にIがある(2)
♣先生につける通信簿
世田谷小の通信簿は「道しるべ」といいます。評価表でありつつも、子どものしるべになってほしいという意味なので、例えば算数がよくできたから単純に「◎」ということはありません。もっと頑張れるという励ましの意味で「○」をつけることもあります。逆に、体育が苦手な子がすごく頑張ったら「◎」をつけることもあります。
毎学期末に子どもに「道しるべ」を渡しますが、その時は1対1で話をするので、結構時間がかかります。その間、ボクが担任するクラスでは独自に、「先生に道しるべ」というのを書いてもらっています。
「先生に道しるべ」とは、子どもたちが書くボクへの通信簿です。「道しるべ」と同じように、学習面ではどうでしたか、生活面ではどうでしたか、を書いてもらいます。簡単に言うと、子どもたちの先生に対するアンケートです。
「正直に書いていいよ」とボクは言います。「ボクは一生懸命やったけど、どこまで伝わったかはわからない。君たちには君たちの受け取り方があるだろうからね」
♥ボクは「優秀な板前さん」でありたい
先生が子どもの評価をするなら、子どもが先生の評価をしてもいいんじゃないかなぁ、というのがボクの考えです。
こういう考え方に批判があるのは知っています。子どもに先生を評価させていいの? 子どもが大人をちゃんと評価できるの? 評価してもらったところで、それが生かせるの? ただの自己満足では?
でもボクは、子どもに褒めてもらいたいわけじゃない。これも、先生らしくないといわれてしまうかもしれませんが―――要は「お客様の声」を聞きたいんです。
先生は、腕のよい「板前さん」であるべきだというのがボクの持論です。板前さんが自慢の包丁さばきでおいしい料理(=授業)が作れるのは当たり前。さらに上の板前さんは、お客さんと何気ない会話をしながら、相手の気分や体調を鋭く察して、今その人が「一番食べたいもの」を、最高のタイミングで差し出すことができます。
自分の得意料理を次々並べてもいいけれど、お客さんが一番欲しているものを出すことで、おいしさが2倍にも3倍にもなる。ボクはそんな板前=先生になりたいと思っているんです。
だから、子どもの本音が聞ける「先生への道しるべ」は、ボクにとっては非常に重要な足がかりなんです。
♠子どもからの厳しい意見
子どもからはけっこう厳しい意見もあるんですよ。がっくりするような。
「目がコワイ」というのがありました。特に、考え事をしている時のボクは、近寄りがたいほど怖いらしい。「サングラスをした方がいいよ」って書いてきた子がいましたが、それってよけい怖くない?
「机の上が散らかっている」。はい、反省してます。
「ぬまっち説教するけど、誤解していることがあるよ。もっとみんなの言い分を聞いたほうがよくない?」
教室で考え事中。そんなに目がコワいかなあ...... |
うーん、ボクはちゃんと聞いているつもりだったけど、やはり彼らには彼らの言い分があるようです。そういうのはもっと尊重しなければと思うけれど、聞いたからって全部その通りにするわけじゃない。ボクにも言い分があるし、もちろん教育的な意味もあるからです。
「最近自分で授業しないでしょ。ぬまっちの授業が聞きたい」
これには考えさせられました。ティーチャー系授業は楽しいし勉強にもなるんだけど、ボク自身の社会科授業がもっと聞きたいという声が多かったのです。(いや、やってないわけじゃないんですよ!)
子どもに「授業を聞きたい」と言われるなんて、タンニン冥利に尽きます。その一方、子どもが自発的にティーチャー系授業をどんどんやっていくのもうれしいので、内心フクザツですが、どっちにしろボクはニヤケ顔が止まらないのです。
♦子どもも先生に期待している
もし先生への信頼がなかったら、先生に何も期待していなかったら、「先生に道しるべ」には、子どもはいいことしか書かないんじゃないかとボクは思います。先生に嫌われそうなことは、子どもはしたくないから。
だから、ボクは子どもたちの「批判」や「注文」を大切にしたい。それは何より、ボクに対する子どもたちの期待でもあると思うからです。
ボクが子どもたちに「もっと良くなってほしい」と願うのと同じように、子どもたちもボクという先生に「もっと良くなってほしい」と思ってくれている。
そんな子どもたちの思いの真ん中には、「愛」がある。
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沼田先生略歴
ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。現在は6年生担任。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。初の一般向け著書『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)が2月25日に発売された。『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が3月24日に刊行予定。