沼田 晶弘
第24回 世界一の卒業遠足(2)
♣遠足ルートをディベートで!
ここで1か月ほど時間を巻き戻します。
1月30日、ボクたちのクラスで、「卒業遠足・午前中ルートのプレゼン合戦」が行われました。
遠足当日、午後2時からは新宿の「ルミネtheよしもと」で、お笑いの舞台を鑑賞することが決まっています。その後は帝国ホテルに向かうので、予定はいっぱい。一方、朝から午後2時までの時間はまだ空いています。さあ、どこに行ったら楽しいか? ということで、子どもたちがいろいろ調べた結果、4か所に候補地が絞られました。
新宿、お台場、横浜、川越の4つです。
「じゃあ、行きたい場所ごとにチームを作ろう!」とボクは言いました。「その4チームでプレゼン合戦だ。その後ディベートでとことん戦う。その上で全員の投票で決めれば、みんな納得できるんじゃないかな?」
好きな地域を決めてのプレゼン合戦は、5年生のときに「勝手に観光大使」をやって以来ですが、今回大きく違うのは、チーム戦にしたことと、ディベート形式のバトル議論を導入したことです。
♥どうでもいいネタで議論する楽しさ
日本人はよく議論下手と言われ、ディベートとかディスカッションの力は、学習指導要領でも重要視されていますが、ふだんの授業ではなかなか導入しにくいことの一つだと思います。
しかし、ボクたちのクラスでは、5年生の時から、割と当たり前に行っていました。
授業が始まる前の「朝の会」。ボクはここでたっぷり20分使います。基本的に時事ネタが多いのですが、時々こんなネタを子どもたちに振っています。
「お風呂出た後、タオルで体ふくだろ。1人ずつ別のタオルを使う? それとも家族全員で同じタオルを使う?」
どうでもいいことのようですが、これが家によって全然違う。みんな自分の家のやり方が常識だと信じているから、お互いびっくりする。「1人ずつ別のタオル派」と「家族で同じタオル派」を論戦させてみたりします。
あるいは、「理想のきょうだいの組み合わせは?」。お兄ちゃんほしい派vsお姉ちゃんほしい派、弟vs妹、一人っ子はソンか得か、などを考えさせてみる。「朝はご飯と味噌汁の和食か、トーストとハムの洋食か」で勝負させてみたこともあります。
ものの見方、感じ方は人それぞれ違うことを教えるために、どうでもいいようなネタであえて議論する楽しさを、2年間かけて育んできました。
♠「聞く力」と「切り返す力」
遠足ルートのプレゼンとディベート合戦は、そうしたディスカッション授業の総仕上げでもありました。
今回、もっとも重要な学びの目的は、相手チームの発言や返答を予想し、さらにそれを切り返して反論できるようにすることです。ただ発言するよりも、はるかに深く考える力が必要となります。
相手に論戦で勝つためには、一方通行の発言ではいけない。常に相手の言うことによく耳を傾けて、その上で反論することが大事です。それでこそアクティブな学びになります。大人の会議でも時々ありますが、お互い言いたいことを言い合うだけで、議論がかみ合わないというのが一番よくない。疲れるだけです。
パワポを使う理由もそうですね。「何とかして相手に伝えたい」と思うから上達が速くなる。いろいろ凝った演出を工夫する。子どもたちは家でもずいぶんスキルを磨いているようで、最近はお父さんやお母さんに頼まれて仕事のプレゼン資料を作る子さえ現れたようです。(あ、実は、ボクもお願いすることがあります......。)
♦4つの地域の魅力をプレゼン
この日、4チームのプレゼン内容はこのようなものでした。
新宿チーム
まず明治神宮に行こう。90年前に作られた敷地内の森では、タヌキから珍しい昆虫まで、何と2800種類以上の生き物と触れ合える! 神社の大鳥居は樹齢1500年の木で作られていて、本殿にお参りすると清清しい気分になれる!
その次は都庁の展望台に上ろう。202メートルの高さで富士山が拝めるかも。広大な新宿中央公園で遊んで、歴史と自然あふれる熊野神社にお参りしよう。次はルミネだから移動も楽々!
川越チーム
どんなところかイメージしにくいと思うけれど、江戸時代の城下町で、「小江戸」と呼ばれるように、今でも江戸の雰囲気を味わえる街です。蔵造りの街並みには古い商家が立ち並び、時の鐘は400年以上も変わらず人々に時を告げています。大正浪漫夢通りは映画のロケ地としても有名だし、喜多院は徳川家にゆかりの深い寺で、三大将軍徳川家光が生まれた部屋があります。タイムスリップしたような気分になれるよ!
お台場チーム
みんなお台場に行きたいかー! ダイバーシティでは18メートルの実物大のガンダムと記念撮影できるし、フジテレビ本社もあるし、デックス東京ビーチの「台場一丁目商店街」は昭和30年代にタイムスリップしたような気分が味わえます。お台場海浜公園にはパリの「自由の女神像」を複製した、なんちゃってヨーロッパがあります。すばらしい景色と海、昔の町並み、みんなお台場に集まっています!
横浜チーム
そうだ、横浜にしよう! 横浜といえば中華街、しかも「金の餃子の神」というパワースポットがあって、金運や恋愛運が高められる。ぬまっちにも彼女ができるかも!
(ぶっ! よけいなお世話だよ!)
山下公園の敷地面積は7万5000平方メートル。海の景色は抜群、広い芝生でランチもできます。100年前に建てられた赤レンガ倉庫で歴史を感じ、眺めのいい大さん橋に行こう! ここは海と一緒に横浜のビル街が一望できるスポット。横浜は景色がきれいで、公園が広くて、走り回れる場所です!
うん、みんな、パワポを含めてなかなかの力作。前の日のリハーサルで、ボクがわざと聞こえるように「つまんないなぁ」とつぶやいたチームもありましたが、当日はちゃんとうまくなっていました。コソ練したんですね。絶対もっとやれる、うまくなると信じているから、こういうこともつぶやけるわけです。
♣80人のギャラリーに囲まれて
さて、4チームのプレゼンが一通り終わったところで、いよいよディベート合戦の始まりですが......。
実はこの日は、世田谷小の授業研究会、つまり他校の先生方が見学に来る公開授業の日でした。
プレゼンの間、教室の壁際や廊下には、全国各地から来た約80人の先生、教員志望の大学生がびっしり立って、子どもたちを見つめていました。そんな異様な空気の中で、子どもたちは「世界一の遠足」のためのディベート合戦を行ったのでした。
はい、相変わらずハードルを上げ続けるタンニンです。
この先、どんなところでもプレゼンできるようになってほしいし、多くのみなさんが見に来ているという緊張感は、子どもを一気に成長させてくれるからです。
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沼田先生略歴
ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。