沼田 晶弘
第23回 世界一の卒業遠足(1)
♣ついにその日が来た
2016年2月29日、月曜日。
4年に一度しか来ないスペシャルな日。
午前8時10分、いつもの顔ぶれが教室に集まってきます。
子どもたちの荷物はけっこうパンパンです。今日はお弁当は必要ありません。代わりにドレスや革靴、スーツやネクタイが詰まっているのでしょう。
なぜって? 日本一の帝国ホテルで、ディナーの前にドレスアップをするためです。でもそれは、まだ9時間も先の話。
「全員そろった?」
「ぬまっち、1人足りないよー」
まさか、こんな日に熱を出したとか?
その時、バタバタと最後の男の子が駆け込んできました。クラス中にホッとした空気が流れます。そう、今日ばかりはどうしても、38人全員揃っていなくてはダメなんです。
天気予報によると、降水確率は50%。でも晴れ男のボクは全然心配してない。「降らないように」と空には言っておきましたから。
ボクたちはこれから、一日かけて目いっぱい楽しむのです。みんなで横浜を散策し、みんなでお笑いを鑑賞し、みんなで帝国ホテルに行ってディナーを楽しみ、みんなでリムジンを連ねて学校に戻ってくる。
始めのうちは、このプロジェクトを聞いた大人の多くが、「ありえない」「さすがに無理でしょ」と本気にしなかった、そのすべてが、きょう実現するのです。
「いよいよ、この日がやってきました!」
ボクは声を張り上げます。
「けがだけには気をつけて」
さあ、世界一のクラスの、世界一の卒業遠足の始まりです。
♥これが世界一のスケジュールだ!
最初に説明しておくと、本日のスケジュールはこのようなものです。
8:20 ●学校出発/バスで自由が丘駅へ......●東横線・みなとみらい線で馬車道駅へ......●赤レンガ倉庫散策
10:00~ ●横浜港大さん橋散策......●徒歩で山下公園へ
11:00~ ●江戸清の豚まんを買って芝生の上で昼食/公園で遊ぶ......●中華街散策/関帝廟/金の餃子の神
12:10 ●元町・中華街駅から横浜駅へ......●横浜駅から湘南新宿ラインで新宿へ
14:00 ●ルミネtheよしもとでお笑い鑑賞
15:30 ●新宿から東京メトロで日比谷公園へ/小休憩
16:30 ●帝国ホテル17階「インペリアルバイキング サール」到着......●お着替え
17:00 ●ホテルによるマナー講習
17:30 ●ディナー開始
19:30 ●ディナー終了
19:45 ●リムジン5台で帝国ホテル出発
20:30 ●学校到着......●出迎えの保護者と合流し解散、帰宅
この道のりが決まるまでには、いろいろあったのですが、それはおいおい語っていくことにします。
♠再論「世界一のクラス」って何?
このコラムで何度も書いてきたことですが、この卒業遠足を「ファイナルゴール」として、子どもたちは1年かけて数々のプロジェクトを達成してきました。のべ40以上のコンテストに応募し、16人が何らかの賞を受賞、稼いだ賞金は総額18万円。それに元々ある学級費をプラスして、この遠足の全費用がカバーできています。子どもたちは、帝国ホテルとリムジンを自分の力で勝ち取ったのです。
ある他校の先生に、こんな質問を受けたことがあります。
「私だって行きたくなるようなすごい遠足です。しかし、私なら教師の立場を考えて、貯めたお金を社会貢献に役立てるように子どもに言ってしまうと思います。沼田先生は、そこは迷わなかったのでしょうか」
おそらく、多くの先生が感じることだと思います。繰り返しを承知で、ボクの考えをもう一度述べさせてください。
♦いつでも開けられるタイムカプセル
東急自由が丘駅で。遠足の模様はボクが逐一ブログにアップ。保護者にリアルタイムで見てもらうためです。 |
このコラムのタイトルにもなっている「世界一のクラス」って何? 何をしたら世界一なの? あまりに抽象的すぎるのでは? そんな疑問が出るのは当然です。でも、ボクにははっきりした定義があります。
子どもたちが大人になって、友だちとの飲み会で、小学校時代の話になった時、「オレたちのクラスって、こんなに楽しかったんだぜ!」と目を輝かせて語れるクラスが、ボクにとっての「世界一のクラス」です。
ボクもそうですが、みなさんが小学校時代の思い出話をする時、普通はだいたい2つのことしか出てこないのではないでしょうか。ひとつは「こんなヘンな先生がいたよね」という話。もうひとつは、自分あるいは友だちが「やらかした」話。給食をひっくり返して服を濡らしてパンツ一丁になったとか、そんな他愛のない失敗談です。
「オレたち、小学校の時にこんなスゴイことやったんだ」という話が、あまり出てこないのはなぜでしょうか。本当はスゴイことをやったけれど、記憶に残ってないだけかもしれませんね。でも、忘れてしまえばそれまでです。
タイムカプセルというものがあります。友だち同士で大事な品を持ち寄って、容器に入れて、どこかに埋めて、何年か後に再び集まって、掘り出して開ける。忘れていた子どものころの思い出がよみがえる。楽しいですよね。
でも、タイムカプセルは、一度開けてしまえば終わりです。
ボクが子どもたちに与えたいのは、いつでも開けられるタイムカプセルです。「あの時、みんなで頑張ったよな」という記憶は、何度でもプレイバックできる。大人になってつらいことがあっても、それが胸によみがえれば、もう一度元気が出て、再び立ち上がれるような楽しい思い出。
子どもたちが貯めたお金を、社会貢献事業などに寄付するのも、尊いことだと思います。でもボクは、子どもたちに強烈な成功体験をプレゼントするほうを選びました。
子ども時代の成功体験は、人間にとって大事な「自己肯定感」をはぐくみます。成長しても、自分の力に誇りが持てるようになる。小学6年生でのそんな経験は、長い人生の「ホームポジション」になるものだとボクは思っています。
♣「世界一」はひとつじゃない
世界一というと、唯一無二のように聞こえてしまいますが、小さい声で言います。実は、「世界一のクラス」って、ひとつじゃないんです。
ボクはこれまで、5つのクラスのタンニンをしてきました。そして、その5つともが「世界一」だと思っています。子どもたちにもそう言っています。
えっ、それはどうなの。将来、「世界一」同士のクラスが道端で出会っちゃったら、「オレの方が世界一だ」とケンカになるんじゃないの?
......はい。出会わないことを祈るしかありません(笑)。
というのは冗談ですが、ボクの考え方として、「相手に負けなきゃ世界一」なんですよ。
オマエらもすごいが、オレたちもすごいぜ! 負けてないぜ!
そう言えて、胸が張れるクラスはみんな「世界一」なんです。
一番大事なのは、自分たちが「楽しかった!」と心から思えること。そう思えたら、誰かとの比較なんて意味がない。勝ち負けなんてどうでもよくなるんです。
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沼田先生略歴
ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。