ぬまっち先生コラム25 世界一の卒業遠足(3)

乗車率データを駆使して新宿やお台場への「電車の混み具合」を主張する横浜チーム(1月30日、世田谷小で)

沼田 晶弘


第25回 世界一の卒業遠足(3)


 

♣大きなタイマーを使う理由

 ボクたちの教室の黒板には、巨大なタイマーがあります。

 スポーツタイマーというやつで、普通はバレーボールやバスケットボールなんかで使うもの。デカいだけに視認性抜群。ボクは授業でよくこのタイマーを使っています。時間配分の感覚を鍛えるのと、残り時間ゼロになったら問答無用でゲームセットになることを、体で覚えてもらうためです。

 「それでは、前半戦10分!」

 ボクはタイマーを動かします。

 子どもたちはぎょっとしたはずです。前半戦と後半戦に分けることは、昨日言ってなかったから。でもこの方が緊張感が出るでしょう。この子たちなら大丈夫。

 ここから4チームの論戦が始まるわけですが、実は、各チームは自分の地域だけ調べているわけではありません。相手のプレゼン内容を予想し、突っ込みを入れるために、他の3地域についてもちゃんと調べています。だからこそ、相手のプレゼンについていけるし、即座に質問することもできる。全員が4地域について詳しくなっているわけですから、その意味では、ディベートの前に学びの目的のひとつは達成されているわけです。

 

♥ディベート開始! 激論・作戦・爆笑

横浜チーム  移動時間について話したいと思います。お台場はまあまあ近いけど、ここからだと乗り換えが3回もある。川越はとにかく遠い! 平日だから、新宿は通勤ラッシュで大変。

お台場チーム 乗り換え1回で行けるよ! 東急大井町線からりんかい線で行ける!

横浜チーム  大井町線って、朝は山手線以上に混むんだよ。私たちは乗車率について調べてみました!(説明フリップを出す)見てください。乗車率180%。スマホさえできない混み具合!

お台場チーム 私たちスマホしないじゃん。東急東横線だって混むよ!

横浜チーム  それが、横浜行きは下りだからガラガラなんだよー。オレたちは速い!

 横浜チームにはやたら電車に詳しい男の子がいるのです。

横浜チーム 横浜はとにかく景色がいいんだよ。大さん橋とか山下公園とか、みんな海に面してるからすばらしい眺め。

新宿チーム 都庁の展望台は202メートルあるから、東京タワーもスカイツリーも見えるよ。それに、電車がガラガラってことは人気がないってことじゃない? 山下公園より新宿中央公園の方が広いし、走り回れるし!

 ここで前半終了。各チーム、作戦タイムを経て、後半戦の10分が始まります。前半、沈黙気味だった川越がここで動きます。前半はじっと機会をうかがい、後半に勝負をかけるのが彼らの作戦だったようです。

川越チーム 川越は景色がいいというより、雰囲気がいいの。景色は見るだけだけれど、雰囲気はその中にいられるから、川越に行くと楽しいよ。

横浜チーム 中華街だって中国の雰囲気を味わえるよ。さらに一歩出れば海なんだから、雰囲気プラス景色ってこと。

新宿チーム 明治神宮だって雰囲気いいし、空気もきれい!

川越チーム 川越は江戸時代からの歴史と雰囲気があるんだよ。ちょっと他とは違うんだな。

新宿チーム 明治神宮だって明治時代の雰囲気......。

川越チーム 江戸時代の方が古い! ティーチャー授業で江戸の歴史を勉強したばかりだから、ちょうどいいんじゃない?

 ほう、みんなの心が少し川越に傾いてきたのがわかります。一方、お台場は横浜攻撃の手を緩めません。

お台場チームは多彩なフリップで魅力をアピール。

お台場チーム ネットで調べると、横浜中華街はちょっと雰囲気がこわいっていう意見が出てくるよ。子どもだけで行くのは危ないんじゃない?

横浜チーム  そういう意見は深夜の路地裏のことでしょ? 私たちが行くのは真っ昼間。しかも団体行動するから、不審な人にからまれることもないよ。

お台場チーム 引率の先生も少ないし、38人みんなに目が届かないことだってあるかも。

横浜チーム  我らがぬまっちがいるんだよ? 悪いやつもビビっちまうわ!

 ギャラリーは爆笑してますが......。最近、子どもたちに目つきが悪いとか、顔がコワいとか言われるの、ちょっと気にしてるんですけど(笑)

 

♠「場」が子どもたちを開花させる

 タイマーが0になると、強制的にディベートは終了し、決を取る事になります。しかし、終了直前、子どもたちはものすごい目配せで(タイマーを止めて!)という念を送ってきました。

 つまり、子どもたちはまだ話し合いたい。結論を出したくない。ボクはそれを受け止め、タイマーは終了7秒前でストップ。決着は次週に持ち越しとしました。

 ここで「世論調査」。決定はしないが、とりあえず現状を把握しておくのがうちのクラスの文化です。挙手させてみると、1位横浜2位お台場3位川越4位新宿という結果に。自分のチームに投票しない子がけっこういるのが面白いところです。

 今回のディベートで感動したのは、新宿チームとお台場チームにいた、ふだん人前であまり話さない女の子が、それぞれ立ち上がって、猛然と自分の意見をしゃべり始めたことです。クラスのみんながびっくりし、ボクも驚きました。

 やはり、この日が公開授業だったこともあったでしょう。見知らぬ大人たちに囲まれ、彼女たちも緊張して、そのために羞恥心の水面が下がり、ポンと殻を破ることができた。そう、前回書いたとおり、「場」が彼女たちを一気に開花させたのです。

 ボクは心の中でガッツポーズをしました。


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沼田先生略歴

ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。

 

(2016年4月25日 10:00)
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