ぬまっち先生コラム28 世界一の卒業遠足(6)

卒業遠足のクライマックス。ついに帝国ホテル17階「インペリアルバイキング サール」に到着。これから全員お着替えしてディナーです(2月29日、帝国ホテルで)

沼田 晶弘


第28回 世界一の卒業遠足(6)


 

♣ホントウに来ちゃったな

 帝国ホテルが「インペリアル バイキング」をオープンしたのは1958年。こうした、お客が食べたいものを自由に選べるスタイルは、スウェーデンの「スメルゴスブード(スモーガスボード)」と呼ばれる伝統料理が元になったそうで、これを「バイキング」と名付けたのは帝国ホテルが最初です。2004年に「インペリアルバイキング サール」としてリニューアルし、現在に至ります。

 えんじ色のじゅうたんが敷き詰められ、柔らかな間接照明で照らされた店内は、隅々まで高級感あふれる「大人の空間」です。17階なので、窓からは都心の夜景も見渡せます。宿泊している外国人の中には割とラフな格好の人もいましたが、基本的には盛装した男女ばかりがテーブルについています。

 その中に混じって、38人の小学生が、同じように食事をしています。

 全員着替えをしたので、昼間の格好とはまったく違います。男の子はスーツを着てネクタイを締め、女の子はしゃれたドレス姿。みんな、びしっと背を伸ばして、いっぱしに両手でナイフとフォークを操っています。

 ──ホントウに来ちゃったな。

と、ボクはつぶやきました。

 ──ホントウに、ホントウに、来ちゃったなぁ。

 

キャプテンの田口泰さんによるマナー講習とメニュー説明。「早く食べさせてくれ!」という子どもの心の声が聞こえてきます

♠帝国ホテルに熱意が通じた

 数か月前、帝国ホテルに電話して、「小学生38人でバイキングのディナーを予約するのは可能ですか」と一般論として尋ねたら、かなり困った感じの返事でした。

 それはそうだろうと思います。ファミレスじゃないんです。洗練された大人のレストランで、マナーも知らない小学生の集団がワイワイやったら、完全に営業妨害です。「それはちょっと......」と思われても仕方ありません。

 しかし、そこで諦めるわけにはいきません。人を介して、「インペリアルバイキング サール」支配人の深田智之さんに直接お会いすることができ、子どもたちが1年近くかけて努力し、積み上げてきたプロジェクトの数々について説明しました。ここを選んだのは、日本一だから。日本一のホテルで、子どもたちに「本物」を体験させたいのだと力説しました。

 「もし、一人でも他のお客さんに迷惑をかけたら、その場で全員つまみ出してください」

 深田さんは、そんなボクの言葉をじっと聞いた後、「ぜひ受けさせてください。こういう機会に関われるのは、ホテルとしてもうれしいことです」と言ってくれました。さらに、ディナーの前に、インペリアルバイキングのキャプテン、田口泰さんによるマナー講習とメニュー解説までサービスしてくれることになりました。

 当日、ホテル広報課支配人の照井修吾さんが子どもたちを見て、驚いていました。

 「みなさん、お行儀がいいですね。すばらしい取り組みです」

 当たり前ですよ。ボクには最初からこうなる自信がありました。

 ここは、世界一のクラスですから!

 

小学生なので、お水のグラスで乾杯!

 

♥「本物」が子どもたちを成長させる

 帝国ホテルのバイキングの最大の名物は「ローストビーフ」です。田口キャプテンによると、「最高級の牛肉のかたまりを、オーブンで1時間半焼いて、さらに1時間寝かせる。合計2時間半かかります」。これをその場でスライスし、皿に乗せ、ソースを掛けていただく。バイキングだから食べ放題です。

 「めっちゃおいしい!」

 料理は40種類もありましたが、やはり子どもたちの一番人気もローストビーフ。一人で8枚平らげた猛者もいました。ここのローストビーフはとろけるほど柔らかいのですが、その分脂も多くて、大人だってそんなに食べられません。なんでそんなに食えるんだと思ったら、その子は肉をカットするシェフと仲良くなって、脂身を落としてもらってる!

 やはり小学生なので、食い意地が張っている。美味いものは限界まで腹に詰め込もうとします。豊富なデザートも大人気で、ジェラート各種の容器は、彼らのおかげで一度空っぽになってしまいました。「おなかが苦しい」「こんなに食べたの生まれて初めて」という子が続出。もう苦笑するしかありません。

 ボクはといえば、一通り腹にかき込んだはずですが、味をほとんど覚えてない。その時はあまり意識していませんでしたが、やはり引率としてのプレッシャーが相当あったようです。38人全員に目を配りながら、何か起こりそうな時は近寄ってその芽を摘みつつ、全体の楽しい雰囲気を壊さないよう気をつける。教室以上に神経をフルパワーにしていました。

 しかし、あらためてよく分かりました。何度も言いますが、「こいつらスゲェ」。大人の世界に違和感なく溶け込んでいます。

 卒業の前に、「本物」の場所に連れて来られてよかった。子どもを成長させるのは、いつだって「本物」との出会いなんです。

みんないっぱしに、両手でフォークとナイフを使っています
人気のローストビーフにはいつも行列が。最高8枚食べた猛者もいました

 

♦校庭でお出迎えサプライズ

 帝国ホテルから学校への帰りの足は、これもお待ちかねの「リムジン」です。

 真っ白な「フォード エクスカージョン」10人乗りと、「リンカーン」8人乗り、計5台が、帝国ホテル1階の宴会ロビー前に次々と滑り込んできます。5つのグループになって、みんな「おおー...」と感嘆の叫びを上げながら乗り込みます。

 リムジンの車内は、ソファー状にぐるりと革張りのシートがあって、ミニバーまでついています。(小学生には関係ありませんが!)長さ10メートルもあるクルマが、5台連なって一般道を走る様は、さぞ壮観だったろうと思います。スモークガラス越しに、歩道の人々が興味津々で振り返るのが見えました。どこかの富豪? 外国からの要人? まさか、小学生の遠足だなんて、考えもしないでしょう。

 日比谷から世田谷小まで約1時間。子どもたちは車中で、それぞれに楽しんだようです。歌を歌ったり、恋バナに花を咲かせたり。

帝国ホテルの入口に次々とリムジンが到着
高級感あふれるリムジンの車内。お酒のグラスやアイスボックスもついてました。子どもには関係ありませんが......

 午後8時半過ぎ、5台のリムジンが学校の校庭に並び、全員が降り立った時、子どもたちはびっくりしたはずです。

 「しまねっこ」がお出迎えしたからです! 保護者からは拍手が沸き起こりました。

 ボクが最後の最後に仕込んだサプライズでした。しまねっこは、「勝手に観光大使」のお礼として、はるばる島根県から来てくれた、ボクたちのクラスのアイドルです。この日のために、再びやって来てくれたのです。

 あとはもう、しまねっこを囲んでの記念撮影大会。夜の9時を過ぎ、今度こそ雨が降ってきたのに、子どもも大人も、誰も帰ろうとしません。

 思えば、ここにいる保護者の皆さんの協力なしには、朝の8時台スタートで夜の9時ゴールという、非常識なロングラン遠足は実現しませんでした。もし一人でも都合で迎えに来られない保護者がいたら、帝国ホテルでのディナーはなかったでしょう。もっと早い時間に解散しなければならなかった。

 しかし、皆さんは全員、夜の校庭で、冷たい雨の中、子どもたちを笑顔で待っていてくれたのです。ボクは心の中で頭を下げました。

午後8時半、5台のリムジンが世田谷小の校庭に到着
なんと、島根県のゆるキャラ「しまねっこ」がお出迎え。子どもたちはびっくり

 

♣大人になったらいつでも行ける。でも......

 「夢みたいな一日だった!」

 「もうあり得な〜い。でもまた行きたい!」

 「ぬまっち何かやるとは思ったけど、まさか、しまねっことは!」

 後日、子どもたちからはこんな感想を聞きました。

 「帝国ホテルのディナーもリムジンも、大人になったら、簡単ではないけれど、そんなに難しいことでもないんだよね」と、ボクは夢のないことを言ってみます。

 「でも、このクラスで行くのは、二度とできない!」

 子どもがドヤ顔で言い返してきます。それを聞いた他の子どもも、みんなドヤ顔をボクに向けてきます。

 いつでも開けられる夢のタイムカプセル。ボクはそれを、みんなにプレゼントすることができたのでしょうか。

 卒業まで、あと2週間とちょっとです。


27<< 記事一覧 >>29

 

沼田先生略歴

ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。

 

(2016年5月16日 10:00)
TOP