沼田 晶弘
第29回 さらば相棒
♣学校伝統の「クラスネーム」
世田谷小では、卒業の会(卒業式)に6年生クラスが自分たちの「クラスネーム」を発表するのが伝統です。
クラスネームとは、要するに、そのクラスの個性を凝縮するような言葉です。その理由も自分たちで考えて発表します。
過去に発表されたクラスネームは、実はけっこう変わったものが多いんです。例えば2年前に担任し、卒業させた6年3組は「シマウマ駅伝」でした。シマウマはプライドが高くて個性が強いけれど、そんなシマウマたちが、駅伝みたいにチームとしてタスキをつないできたのがうちのクラスであるという理由。
そのほか、「絵の具」「百科事典」「花火」なんてクラスネームもありました。ちょっとナゾナゾのようですが、「その心は?」というのもひとつの楽しみ。毎年、卒業する子どもたちが、頭をひねって、自分たちのアイデンティティーを最も言い当てる言葉を考えてきたわけです。
♠「Pの変」にこめた思い
3月19日、平成27年度の卒業の会が行われました。
みどりに はえる まなびやの
まどにあふれる 明るい日ざし
校歌斉唱の後、松浦執校長からひとりひとりに卒業証書が授与されます。その後、在校生からの「お祝いのよびかけ」があり、いよいよ6年生の出番。クラスネームの発表です。
「Pの変〜諸説あります〜」
これが6年1組のクラスネーム。やっぱり、相当に変(笑)。
子どもたちが、順番に立ち上がって説明します。
諸説ありの諸説とは
さまざまな受け取り方があるという意味
わたしたちはどんなことにも
自分なりのアイデアを加え
プロジェクトに取り組んでいる
周りからは指摘を受けることもある
だけど みんな違ってみんないい
だから 自分たちを信じて進む
それが 6の1だ
そんな6の1には
変な人がたくさんいる
掃除中に踊り出す
それって変だ
(「ナニコレ珍百景」でもらった特製クッション登場)
その中でも一番変なのは
タンニンのぬまっちだ
(音楽発表会で使ったアノ矢印に指されました)
「Pの変」の変は
6年1組にぴったりだ
また 変にはもうひとつの意味がある
歴史上の出来事で変とつくものがある
例えば本能寺の変
桜田門外の変
変とつく出来事は
その戦が成功した時に名づけられる
私たちはさまざまなコンクールに応募し続け
約30個の作品が受賞した
その成果は夢の卒業遠足に変わった
横浜で豚まん
帝国ホテルでディナー
5台のリムジンで学校へ
お迎えにはしまねっこ
遠足の夢は現実になった
最後にPの意味を説明する
Pにはさまざまな意味がある
「P」に込めた意味を一斉にフリップで見せる |
ここで、38人が一斉にフリップを掲げます。
Play(遊ぶ)Professional(専門的)Penetrating(洞察力のある)Positive(前向き)Performance(表現)Partner(仲間)Power(力)Project(企画)Passion(情熱)Pride(誇り)Perfect(完璧)Pleasure(喜び)Permanence(永久)Premium(特別な)Present(おくりもの)Plan(計画)......
世界を変える僕たちは
「Pの変〜諸説あり〜」!!
鮮やかにオレンジのPの大文字が浮き出す......はずだったのだが |
ここでフリップが一斉に裏返され、白地にオレンジのPの文字が鮮やかに浮かび上がる ......はずだったのですが。
あれ? ひとりだけPossible(できる)の文字が残っちゃってる。練習の時は一回も失敗しなかったのに~!
クラスメートも保護者もみんなニヤニヤ。
「ホントにあいつ、持ってるわー」
♥「天才」Mとの出会い
その子、Mとの出会いは2年生の時ですから、2、5、6年と3年間担任したことになります。
2年生の時のMは、じっとしていることができないことがある子でした。授業で課題を与えて、さっさと答えを出してしまうと、すぐに立ち上がってしまう時がある。
「おまえ、座ってられないの?」と聞いたら「うん。動きたくなっちゃうんだよね」。それなら、とボクは言いました。「ウッドデッキ往復したら?」
ウッドデッキとは、教室についているベランダです。そこなら教室の中からでもよく見える。彼はきょとんとしていました。先生に「じっとしてろ」と言われることはあっても、「動いてていいよ」と言われたことはなかったからでしょう。
ホントウにいいの~? 止めないの~? そんな顔をしながら、彼はウッドデッキに出て行きました。
ボクは、できないことを子どもに要求しても仕方ないという考え方です。足の遅い子にボルトみたいに走れと言ったって無理。バスケの苦手な子に「マーク外してスルーパスで走りこめ」と指示したって無理。座っていられない子に「じっとしてろ」と言うのも同じことだと思っています。
Mは、ウッドデッキを往復しながら、チラチラとこちらを見ています。このクラスの楽しい雰囲気を、彼は彼なりに気に入っているわけです。「早く呼び止めてくれないかな~?」そんな顔をしていました。
「ああ、この子は大丈夫、絶対活躍できるな」と思いました。3日たつと、Mはボクのことを「師匠」と呼ぶようになりました。
そのうち、授業中にどうしても座っていられなくなると、ボクの足にまとわりつくようになりましたが、それはボク的にはOK。他の子に迷惑かけていないからです。また、そんな彼を認めてくれる、温かいクラスでもありました。
小柄で細っこいMには、人を惹きつける独特のオーラがありました。例えば5年生と6年生の時、クラスの音楽発表会の指揮者を蝶ネクタイ姿で務めています。あの矢印の出た音楽会、ジャズを演奏したやつです。5年生の時は、演奏中に後ろを振り向いて、聴衆(下級生と保護者)をあおって手拍子を誘い、6年生の時は、とうとう指揮台さえ飛び降りてお客の中に入ってしまったため、演奏の方がヤバかった(何しろいきなり指揮者が消えたんですから。というか、事前に教えとけよな!)という、まあそんな子です。
ボクは彼を一種の「天才」だと思っていました。Mがボクのことをどう思っていたかは、ずっと後で知ることになります。
♦突然、不意打ちのように
卒業の会の前の日、ボクは子どもたちに、最後の「道しるべ」(世田谷小の通信簿)を手渡しました。その日は、「殿堂」の花を黒板に移動したり、片付けをしたり、最後の掃除をしたりと忙しい日でした。明日卒業式だけれど、まだみんな気持ちのスイッチが入ってない、そんな雰囲気でした。
ボクは、道しるべを渡す時は、出席番号順じゃなくて、シャッフルしてランダムに呼びます。Mは10番めくらいでした。
ボクの前に立った時から、彼の目はすでに真っ赤でした。それを見たボクはぐっときましたが、言葉を絞り出しました。
「おまえ、やっぱり」
天才なんだよ、と言いかけた瞬間、ボクの脳裏にMとの3年間が怒涛のようにフラッシュバックしました。いすに座っていられなかったM。ウッドデッキを往復しながらチラチラこちらを見ていたM。音楽発表会で懸命に指揮棒を振るM。今やクラスの人気者になったM。
目の前のMは、涙を必死にこらえています。ボクは言葉が出なくなってしまい、とりあえずこの場をしのごうと道しるべを渡し、Mと握手しようとしました。
その瞬間、師弟仲良く大決壊......。
Mとボクの両目から涙があふれていました。
クラス中がしーんとしています。
「ごめん」
両手で顔を覆ってみんなに言いました。
「落ち着くまで、ちょっと待って」
机に戻ったMは、ジャンパーをひっかぶって、なおも泣いています。
今度は女の子たちの涙腺が決壊しました。嗚咽は教室中に伝染して、もう止まりません。
その後も、何度もこみ上げるものがありましたが、ボクはみんなの名を呼び、道しるべを渡し続けました。子どもたちは、
「コメントいらない! 泣いちゃうから、何も言わずに渡して!」
などと半分悲鳴を上げています。
いや、そうもいかないだろ。タンニンとしては。
最後の女の子も、やっぱり3年間教えてきた子でした。タッチバスケで得点王になった彼女です。やっぱり、長く見てきた子は思い出が多いんです。2年生の頃を知ってるだけに、成長して目の前に立っているのがうれしい。
彼女はずっと下を向いていましたが、「頑張ってね」と声をかけると、顔を上げてポロポロと涙を流しました。ボクもこらえ切れません。
「もう給食、給食!」
と、強引にその場を締めました。
退場の花道で、下級生から祝福される6年生 |
♣ハイタッチの花道
翌日の卒業の会では、みんなさっぱりした顔でした。前日に泣くだけ泣いてしまったから。きっとそれでよかったんでしょう。
卒業の会を終えた子どもたちは、ひとりひとり、父母や在校生の待つ「花道」を退場していきます。みんな、すばらしく晴れやかな笑顔で保護者とハイタッチを繰り返しています。
最後に退場したのはボクでした。びっくりするくらいたくさんの保護者が押し寄せてきて、もみくちゃになりました。みんながボクにハイタッチを求めてくれています。
本当にうれしかった。保護者のみなさんが、ボクを全面的に信じて子どもを預けてくれなければ、ボクはここまで自由にできなかったし、「世界一のクラス」を作ることもできなかった。
世界一のクラスは、保護者も世界一ですから!
♥Mからの言葉
それにしても、一生で一度のクラスネーム発表で、ただ一人笑いを取ったのがMだったとは。もう永遠の語り草です。「持ってる」というのは、彼のことを言うのでしょう。
Mのような子は全国の学校にいて、あるいは先生の悩みのタネになっているのかもしれません。でも、そんな子がクラスの中心になることもできる。それを温かく見守った仲間たちがいる。そんなクラスを送り出すことができたのは、ボクの誇りです。
だけど みんな違ってみんないい
だから 自分たちを信じて進む
それが 6の1だ
道しるべを渡す時間に、子どもたちも「先生に道しるべ」を書くことは、前にもお話ししました。卒業前日も全員に書いてもらいました。
Mが書いたのはひと言だけでした。そのひと言で、彼がボクのことをどう思っていたかを知ったのです。
「さらば相棒」
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沼田先生略歴
ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。