ぬまっち先生コラム31 こびとさんはもういない

初めてのクラスで初めての授業。ボクはいすでなく低い脚立に座っています。できるだけ子どもたちの目線の高さに合わせるためです(4月7日、世田谷小で)

沼田 晶弘


第31回 こびとさんはもういない


 

♣ボクだってドキドキなんです

 新しいデジカメを手に入れました。このカメラで最初にやったこと。それは、新しい3年生のクラス34人全員の顔写真を撮ったことです。

 4月7日に世田谷小の児童館(講堂)で行われた始業の会(始業式)で、進級した子どもたちに対して、担任の先生が一斉に発表されました。3-4年、5-6年はそのまま持ち上がりのことも多いのですが、6年生を送り出したばかりのボクは、どうしたって新しいクラスを受け持つことになります。

 ボクが名前を呼ばれたのは3年生。6年ぶり3回目です。9年前、世田谷小に赴任して初めて担任したのが3年生だったことを思い出します。

 ボクは他の先生とともに前に並んでいたのですが、そのクラスの子どもたちがざわめくのがわかりました。ボクのことはよく知らないだろうけれど、6年生の「あのクラス」のタンニンだったということで、期待と不安の両方があるんでしょう。

 実はボクだって、けっこうドキドキしてるんです。

 

♠最初に全員の顔写真を撮る理由

 ボクは、初めてクラスを持った時は、いつも真っ先に子どもひとりひとりの顔写真を撮ることにしています。顔と名前を早く覚えたいということもありますが、目的はそれだけじゃありません。

 カメラの液晶モニターに映る子どもたちの顔は、笑おうとしても、緊張でガチガチに固まっています。そりゃそうです。お互いに相手のことをよく知らないんです。おまけにボクの格好といえば、この日は真っ赤なポロシャツでこそありませんでしたが、ラフなフード付きパーカーで胸元には金のネックレス、髪もツンツン立っている。態度はあえてぶっきらぼうに。初対面の子どもたちに、「なにこの人? 先生らしくない。ちょっとコワい」と思われても仕方ないわけです。

おろしたてのカメラで、まずクラス全員の写真を撮りました。動かないで!

 でも実は、それがボクの狙いだったりします。

 ボクは、学年が終わるたびに、動画で「思い出のアルバム」を自作して子どもたちに配ります。その時に、最初に撮った写真と、1年後の写真を必ず並べて使うことにしています。
「1年前と、全然顔つきが違う!」

 保護者の皆さんも、子どもたち自身も、いつもびっくりします。

 そのために、ボクは、出会った最初の顔を「証拠写真」として記録しておくのです。この不安そうな顔を、どんなふうに輝かせていこうか。ビフォー&アフター。それがタンニンとしての腕の見せ所だし、ボクの最高の楽しみなんです。

 

♥ボクからの3つのメッセージ

 撮影の後、全校総がかりで教室間の備品の移動が終わると、ようやく机も並んで教室らしくなります。新クラスで、記念すべき第一回の授業です。

 「こんにちは! 私の名前は沼田晶弘です。知ってる人はいるかな? 前は6年1組の子どもたちと、やりたいことを全部やりました。これからはみなさんと一緒にやりたいことをやっていこうと思います」

 さて、ここで軽くジャブをかましておかなければなりません。

 「そうそう。こびとさんは、今日からいなくなりました!」

 みんな、一瞬きょとんとしています。

 「2年生の時は、掃除しなくても、何か失敗して散らかしても、次の朝には教室がキレイになっていたでしょう。みなさん、不思議だと思いませんでしたか? それは、夜中にこびとさんが掃除してくれていたからなんです!」

 クスクス笑いが起こります。よしよし。

 「みなさんが3年生になったので、こびとさんはいなくなりました。もうこれからは自分でやらないと、教室はキレイになりません。『先生、牛乳こぼれましたー』と言えば勝手にキレイになるのは2年生までです」

 3年生は「ギャングエイジ」と呼ばれるように、子どもが子どもだけの世界を作り始め、急速に大人からの自立心が芽生えてくる時期です。ここで2年生と同じように扱うと、いつまでも大人の指示待ちのクセが抜けず、ボクの仕事もいたずらに増えるし、子どもも高学年になって苦労することになります。

 そのために、まずは「ボクからのメッセージ」を明確にしなければなりません。子どもたちとボクとの間で結ぶ「取り決め」のようなものです。

 ボクが言ったことは、以下の3つだけです。

・自分で考えて動くこと。「先生、次に何すればいいですかー」はダメな質問。

・報告・連絡・相談を絶対すること。それなら何か失敗しても全力で守ります。

・先生に嘘はつかない。正直者には必ずいいことがあります。

 

♦このクラスを6つ目の「世界一」にする!

 場が少しずつ和んできたところで、「1人15秒」で全員に自己紹介させます。ボクにとってはここも重要な場面で、子どもたちの短いコメントをひとつひとつイジっていきます。あえて名前の読みを間違えてみたりもします。そうすると面白いもので、後ろに行くにつれ、子どもたちの自己紹介スキルがみるみる上がっていくんですね。「人を引き付けるようにしゃべろう」と意識する子が出てくる。うまい自己紹介には拍手が起こったりします。

 タンニンが「ちょっとコワいお兄さん」から「何だか面白い人」と思ってもらえたらしめたもの。最初の授業の目的はほぼ達したことになります。

 前回も書きましたが、ボクはこの日宣言しました。

 「このクラスを1年後、世界一のクラスにします!」

 ああ言っちゃったよ......と一瞬思いましたが、これは自分に対する宣言でもあります。6つ目の世界一のクラスですから!

 

♣そこまでするおまえらが大好きだ!

 ところで、5代目(笑)の世界一のクラスは、どうしてるかって?

 4月11日は同じ東京学芸大附属中学校の入学式で、ボクも参列しました。

 小学校は普通の日なので、ボクが戻って授業をしていると、何やら廊下の方でガサガサ音がする。でも、窓からは何も見えない。

 ......嫌な予感がするなあ。

 当たりました。さっき入学式を終えたばかりの制服集団30人あまりが、突然廊下の窓に出現し、一斉に手を振っている!

 ボクはのけぞりました。

 「みんなー、ぬまっちは一見コワそうだけど、実はいい人だから安心してねー!」

 3年生も大喜びで「イェー!」とか答えてるし。

 おまえらなぁ......。

 同じ附属で母校とはいえ、中学生がこの時期に小学校に来るのはやめるように言われているのです。どうやってここまで来られたのかわからないけど、みんなで校門を突破し、事務所の目をすり抜け、全員で廊下を匍匐前進して来たらしい。あきれたもんです。

 「あのさぁ、これマジでやばいんだ。他の教室も授業中だし。勘弁して」

 ボクはこう言うしかなかった。

 「マジでやばいの?」

 「うん。マジでやばい」

 でも、胸の中では叫んでいました。

 ――そこまでして会いにきてくれるおまえらが大好きだ!


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沼田先生略歴

ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。

 

(2016年6月 6日 10:00)
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