沼田 晶弘
第38回 ペンギンバトン(1)
♣なぐさめたいのは分かりますが......
学校から帰ってきた子どもに元気がありません。聞いてみると、テストの点数がよくなかったり、かけっこで誰かに負けたり、発表がうまくできなかったりしたようです。そんな時、どう声をかけますか?
「精いっぱい頑張ったんだから仕方ないよ」
なるほど。悪くありません。親としてとても自然な言葉だと思います。と同時に、少し気をつけなければならない言葉でもあります。大人が「頑張ったんだから仕方ない」となぐさめてばかりだと、子どもはその言葉に甘えてしまうようになります。ボクは頑張ったんだからもうそれでいいんだと。
でも、考えてほしいのです。本当に彼は「頑張った」のでしょうか? 問題を解いている最中や走っている瞬間は全力で頑張ったでしょう。でも、頑張るとはその前に長い時間をかけて勉強したり、練習したりする過程を含めてのことです。普段から地道に努力していなければ、当日結果が出ないのは当たり前。それを「頑張った」とは言いません。子どもがかわいいと、そのあたりの目が曇ってしまうことがあります。
もし、子どもが本当に頑張って、それでも思うようにいかなかった時......。簡単に「仕方ないよ」と声はかけられないはずです。例えば、こういう言葉になるのではないでしょうか。
「お前の頑張りを見ていたぞ。オレも悔しい!」
まずは子どもと一緒に思い切り悔しがってあげてください。そしてその後は、
「次に向けてどうする? 何をする?」
と、背を押してあげてください。
いつでも「頑張ったんだから」と安易になぐさめてしまう大人でいいのでしょうか? その結果、多くの子どもが、割とあっさり「負けても仕方ない」と思うようになったのではないでしょうか? ボクには子どもはいませんが、そう思う時があります。
♠本当に勝った経験、ありますか?
「みんな、運動会でちゃんと勝ったことある?」
ボクが3年生の子どもたちにこう言ったのは、新学期が始まって間もないころです。子どもたちは即座に「あるよ」と言います。それはそうです。毎年5月に行われる世田谷小の大運動会は、1~6年生の各3クラスが青、白、橙の3色に分かれて競います。3年生は3回目の運動会なので、1、2年生の時にどこかの色で総合優勝した子は多いはずなのです。
「自分たちで一生懸命練習して勝ったことがないだろって意味だよ。全力で頑張ってないから負けてもそんなに悔しくない。負けて悔し涙を流したことある?」
子どもたちはシーンとしています。
このクラスはお行儀がいいけれど、ちょっと闘争心が足りないなあ。ボクは最初からそう感じていました。
1、2年生の運動会は、演技の練習や競技のルール確認、入退場のやり方などに時間が取られ、ほとんどぶっつけ本番なのが普通です。競技をワイワイ楽しんではいますが、勝つための工夫は十分とはいえない。ジャンケンして偶然に勝って「イェー」とか喜んでいるようなものです。本当にギリギリまで頑張って、勝ったり負けたりした経験が、まだこの子たちにはない。
「『犬も歩けば棒に当たる』ってことわざがあるでしょ。昔は『よけいなことをすると棒で叩かれるぞ』って意味だったんだけれど、最近は『自分から進んで努力すれば幸運がやってくる』という意味で使われることが多いんだ。みんなは歩きもしないから棒にも当たらない。それでいいのかな?」
世田谷小には授業が始まる前に「朝の会」という時間があります。ボクがいる時はその時々のニュースを話題にしたりして、教室の空気をウォームアップします。しかし、週に2日ほど職員会議で来られない日があります。
「ボクがいない時は、朝の会を自由に使っていい。自分たちで決めて動いていいから」
♥自分から動き始めた子どもたち
ボクはわざと子どもたちを焚きつけたわけですが、その効果はさっそく現れました。ある朝、職員室での会議中にふと窓の外を見ると、校庭で走っている子どもたちがいる。
「ほう、どこのクラスだろう?」じっと見てみると......。
うちのクラスじゃないか!
校庭を目いっぱい使うと、1周で300メートルくらいあります。そこを走って自主トレしていたんです。後で聞いたら、ボクのいない朝の会で「みんなで今から走りに行きませんか」という提案が出たらしい。
ボクはニヤニヤを押さえられませんでした。よしよし、動いたな。
しかし、勝利への道はまだ始まったばかりです。
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沼田先生略歴
ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。