ぬまっち先生コラム41 ペンギンバトン(4)

クラス対抗リレーで力走する3年生(5月21日、世田谷小で)

沼田 晶弘


第41回 ペンギンバトン(4)


 

♣本番2日前の暗雲

 5月21日の土曜日、世田谷小の大運動会が開かれました。

 晴れわたった青空の下で、ボクの心はいささか曇り気味でした。2日前に行われた練習レースで、ボクたちのクラスは他クラスの後塵を拝したからです。

 

 「やっぱり、絶対的な走力が足りないか......」

 

 そのあたりが抜群の走力を誇り、ぶっちぎりでリレー2連覇を果たした昨年度の6年生(5代目)と違うところ。

 しかし、ボクはまだ望みをつないでいます。本番のリレーは跳び箱とネットのある障害物レースですが、練習はフラットレースだったからです。障害物の練習はみっちりやったので、走力差はある程度カバーできるはず。あとは、バトン練習の成果が出せるかどうか。

 前にも言いましたが、ボクはここまでリレーで9戦7勝、しかも総合で3位になったことがありません。応援に来てくれた保護者のみなさんからは、「当然勝ちますよね、沼田先生だもん!」という期待の波がひたひたと押し寄せてきます。白いハチマキをした子どもたち(今年は白組でした)は、タンニンの不安を吹き飛ばすほど頼もしく闘志満々......でもなさそう。まあいつも通りです。

 

 「負けちゃったらどうしよう......」

 

これがペンギンバトン。男の子の右手がペンギンになっていることに注目!

 ボクだけがひとりでドキドキしているのでした。

 

♠切り札・ペンギンバトンの秘密

 最後の1週間、集中的に練習したのがバトンパスでした。

 ボクたちのバトンパスは他と一味違います。名づけて「ペンギンバトン」。右手を体にぴったりつけて、手のひらだけ反り返らせてバトンを受け取るポーズが、ペンギンそっくりだからです。

 「それ、日本代表チームがやってるやつでは?」

 そう思った方は陸上スポーツに詳しい方です。

 その通り。ボクが子どもたちに教えたのは「アンダーハンドパス」という方式です。

 

 普通、体育の授業などで教えるのは「オーバーハンドパス」。受け取る走者が後ろに手を突き出す方式です。こちらの方が一般的でしょう。しかし、ボクは子どもにはペンギンバトン(アンダーハンドパス)の方が向いていると思っています。子どもにオーバーハンドパスをやらせると、バトンゾーンでひどく減速してしまうからです。

 腕を伸ばすのでリードが稼げるように思いますが、子どもは筋力がないから、ダッシュしながら後ろに腕を突き出すと上下に揺れてしまいます。渡す側も前に腕を伸ばして前傾するので、お互いの腕がブレてなかなかバトンが渡せません。さらに受ける走者が振り返ったりすると、加速のメリットはほとんど失われてしまいます。

 

 一方、ペンギンバトンは腕を体に付けて固定しているので、渡す側は下から相手の手のひら目がけて「ハイ!」とバトンを押し付けるだけです。腕を伸ばさない分、接近する必要がありますが、受け側は前を見て全力でスタートダッシュできます。渡す側も後ろから確実に追いつくため、ラストでさらに加速します。お互いバトンゾーンでブレーキがかからないのです。

 実際、このアンダーハンドパスを採用している400mリレー日本代表は、五輪や世界選手権で安定した好成績を出しています。正確で美しいバトンワークは日本の「お家芸」と言われているそうです。

 

♦ペンギンは舞い上がった

 9人走者がいるということは、8回バトンパスがある。しかも3年生レースの場合、1人の走者が走るのはトラック半周だけ。となると、走力以上にスムーズなバトンワークが勝敗を分ける。ボクが最後に徹底的にペンギンバトンを練習したのもこれが理由です。

 

 やるだけのことはやった。あとは天のみぞ知る。

 

 3年生のリレーが始まりました。スターター担当はボクでした。本当は子どもたちを応援したかったのですが、役割なので黙って見守るしかありません。

 

 第1レースは2着と3着。惜しくも1着は取れませんでしたが、この結果は悪くありません。順位がくっついているのは、チームの力を平均化させた成果です。

 

 第2レースは1着と3着。合計9。一ケタなら、もう決まりです。

 

 優勝しました!

 

♥「こんなに勝ってうれしかったの初めて!」

 ボクが感動したのは、2日前の練習レースではバトンを落としたり急ブレーキをかけたりしていた子どもたちが、本番で一度もバトンミスをしなかったことです。ペンギンは美しく羽ばたいた!

 

 「勝った、勝った!」

 

 普段割とおとなしく、新学期の始めは闘志が足りないとさえ感じられた子どもたちが、喜びを爆発させています。約1か月以上、全員が「勝ちたい」という気持ちを強く持ち続け、力を合わせて勝ったのです。

 

 昨年度の〈5代目〉6年生は、「4チームの合計タイム21分以内」というハードな目標を自分たちに課していました。実力的には他のクラスを寄せつけないほど余裕だったのに、最後まで手を抜かずに走ったのはそのためです。結果、彼らは5年生の時から2年連続で2レースともワンツーフィニッシュというモンスター級の偉業を成し遂げました。

 今年の〈6代目〉3年生には、「1着をとれ」という指示はしていません。ボクがこだわったのはあくまで4チームの合計順位でした。結果として1着から3着まで出たわけですが、子どもにとってもボクにとっても、個々の順位は関係ありません。重要なのは、ひとつのチームとして彼らが優勝したという、そのことだけです。

 自主トレもやった。足し算もやった。悔し涙も流した。戦略も練った。白組の総合優勝はなりませんでしたが、リレー優勝は自分たちの力でもぎ取った、生まれて初めての勝利。一生忘れることはないでしょう。

 

 その後の子どもたちの日記には、「こんなに勝ってうれしかったのは初めて!」というコメントがたくさんあふれていました。

 

♣やれやれと思ったのに......

 運動会には中学生になった5代目の面々もたくさん応援に来ていて、6代目の優勝を祝福してくれました。

 

中学生になった「5代目」も応援に来てくれました

 「やれやれ、これで重圧から解放された......」

 

 ボクはホッと安堵のため息をもらしていたのですが、5代目のひとりがニコニコと近寄ってきて、

 

 「来年に宿題ができてよかったね! やっぱ、ぬまっちクラスは1-2、1-2じゃないとね!」

 

 かつてハードルを上げ続けたかわいい教え子たち。さすが、ボクの性格をちゃんとわかってる。

 

 でも、そんなにプレッシャーかけないで~!


40<< 記事一覧 >>42

 

沼田先生略歴

ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。

 

(2016年8月15日 10:00)
TOP