沼田 晶弘
第40回 ペンギンバトン(3)
♣2人のエース選抜レースへ
4月下旬、リレー4チームのメンバー編成がほぼ固まりました。
前回説明した通り、この組み合わせは純粋にタイムのみで決めているので、子どもの相性や仲の良さはまったく考慮しません。とくにチームリーダーも決めません。「じゃあ、チームごとに走る順番を決めてね」と、ボクは言います。「基本的にみんなで決めていいけど、ひとことだけ言えば、ボクはみんなが抜かれる姿を見たくないなあ......」
「あっ、それ知ってる!」
「ぬまっちの本で読んだ!」
「遅い子から並べるってやつでしょ!」
もう、わざわざ説明する必要もないようです。
実はチームはまだ完成していません。例の「ミスターX」と「ミスZ」が決まっていないからです。Xはクラスで1番速い男子、Zは1番速い女子を当てることにしています。
「本番1週間前に、XZ選抜レースをやります!」と、ボクは宣言します。
♠恥ずかしがり屋のミスZ
XZ選抜レースは立候補制です。やってみたいと手を挙げた子は誰でも参加できます。そのために、選抜レースまでの3週間、必死で走り込みをする子もいます。予選レースで1位だった子がまた1位になるのか、2位や3位の子が逆転するのか、思いもよらない子が急成長を見せてくれるのか、勝負の行方はボクにもわかりません。
選抜レースに立候補したのは男女とも6、7人でした。予選と同じく2回走りますが、ボクは今回タイムを計測しません。クラス全員が見守る前で、男女別に一斉スタートして勝負を決めます。誰が見ても一番だと、クラス全員が認めるからこそエースなのです。
ただ、立候補制には一つ問題があります。女子にありがちなのですが、周りに気を遣って、あるいは恥ずかしがって、エース級の子が手を挙げないことがあるのです。今回も、予選1位の女の子が手を挙げませんでした。しかしボクは、彼女がこの3週間、一生懸命練習してきたことを知っています。本音では走りたくてたまらないはず。やむなくボクからの〝推薦枠〟ということで、無理やり引っ張り出す形にしました。彼女は小さな声で「ありがとう」と言いました。
レースの結果、「ミスZ」になったのは彼女でした。
♦悔し涙は努力した子の勲章
「ミスターX」も予選タイム1位だった男子に決まりましたが、その子に果敢に挑戦した男の子がいました。「オレは絶対リレーで2回走りたい!」と周りにも言って、懸命に走り込んでいましたが、1位の男子に及びませんでした。
彼は選抜レースが終わった後、物陰でひっそり泣いていました。これが本当の悔し涙なのです。努力した者にしか流せない美しい涙です。ボクは彼にそっと近づいて言いました。
「頑張ったから悔しいよな。でも、おまえが頑張って速くなったことが、勝負どころで必ず生きてくる。だから本番よろしく頼むな」
彼はくしゃくしゃの顔でうなずきました。
♥勝負を決するのはエースではない
ボクが彼にかけた言葉は、ただのなぐさめではありません。足の遅い子から順番に並べる沼田式オーダーは、最後発から先頭をじわじわ追い込む戦法です。そのためには、中盤の選手にこそ活躍してもらわなければなりません。
他のクラスもアンカーにはエースを投入してきます。みんな「クラスで一番速いやつ」が走るので、すでに差が開いている場合、アンカーで前を抜くのはなかなか難しいのです。走者が9人いるなら、6~8番手が真の勝負どころ、抜きどころです。
エースにもう少しで手が届きそうな子たちが「エースになりたい」と思い、選抜レース目指して必死に練習してくれるからこそ、中盤の実力が底上げされる。チーム全体が強くなるのです。
チームの底力を作るのは、彼が流したような「本当の悔し涙」なのです。
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沼田先生略歴
ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。