沼田 晶弘
第54回 ボクの「見取り」考
♦教室における「プロファイリング」
「前々回の質問への答えでも出ていましたが、先生たちはよく『見取り』という言葉を使いますよね。『私の見取りは......』とか『見取りが違う』とか。でもこの言葉、辞書を引いても出てきません。どういう意味なんですか?」
このコラムを担当している読売の記者さんにこう聞かれました。確かに、国語辞書を引いても「見取り」という言葉に、ボクたちが使うような意味は載っていないようです。要するに、「先生の業界用語」なんです。あえて説明すると、「教育的視点から、子どもの様子をよく見て観察すること」とになると思います。
例えば、公開の研究授業の後では、見学していた先生たちが授業中の子どもの様子についてあれこれ意見を交し合います。それが「見取り」です。
ボクはこれを「プロファイリング」に似たものだと解釈しています。プロファイリングというとFBIの犯罪心理分析を連想する人もいるかもしれませんが、本来は、経験やデータや統計に基づいて、対象の人物像を「推論」する方法を指します。教育における見取りとは、先生が自分の経験に基づいて、子どもの行動をよく観察し、内面を推し量って、少しでも「その子の真実」に近づこうとする努力だと言えます。
♣見取りには100%の正解がない
見取りには「正解」がありません。例えば、ボクがある子どもの行動を観察し、何かの推論をしたとして、その子に「本当のところはどうなの?」と聞くことは難しい。答えが返ってきたとしても、それが正解かどうかなんてわからないからです。ボクが聞く場合、友だちが聞く場合、親が聞く場合、すべて違う答えになることだってあるでしょう。
つまり、100人の先生がいたら、100通りの異なる見取りがあるかもしれない。その違いとは、その先生が積んできた人生の経験値や「人間観」の違いが大きいでしょう。ボクのように、周治のようなやんちゃ君と中学生のころから付き合ってきた人間と、ずっとトップで優等生だった人とは、子どもに対する見取りが違って当然なのです。そこがまた、見取りの面白さだと言えます。
見取りは、誰でもある程度テクニックとして身につけることができますが、もともと才能のある人にはかないません。教室の何十人もの子どもの複雑な動きを見取り、的確な教室運営ができるすごい先生は実際にいます。ボクも教室であの手この手の見取りをしていることを、このコラムを読んでくださっている方はお分かりだと思いますが、100%の真実に到達することはできないと知っています。でも、少しでもそれに近づきたい。本当のことは、10年後か20年後、教え子たちと酒を酌み交わした時に、「ぬまっち、あの時はさ......」と、話してくれればいいのです。
♥ボクの「多層的」見取りテクニック
ボクが見取りでもっとも心がけているのは、「この子はこうだ」と決め付けないことです。こうかもしれない。そうでないかもしれない。でも全体的に見れば、こういう「傾向」はあるな......というふうに考えます。
見取りに自信がある人は、本人以上にその子を「深読み」してしまうことがあります。その反対に、常に控えめな見取りしかしない人もいます。ボクの場合は、沼田A、沼田B、沼田C......と内側にたくさんの観察者がいて、それぞれ違う見取りをしています。深読みする沼田と控えめな沼田、その中間の沼田が、絶えず議論しているような感じです。
自分で言うのも何ですが、その「幅」が、ボクの強みではないかと思うことがあります。だから、子どもの予想外の言動にもあわてず対応できる。そんな事態を楽しむこともできる。それは多分に、ボクの41年間の人生経験が反映しているのでしょう。
♠アクティブ・ラーニング時代のキーワード?
ボクは基本的に人間が大好きですが、一方で疑り深いところもあるので、「この人こう言ってるけど、ホンネではどうなんだろう?」と考えることがあります。100%相手を信じ切ることはないけれど、90%信じられる人はたくさんいる。だから平均すると、相手に対する信頼アベレージは高いと思いますよ(笑)。
いわゆるアクティブ・ラーニング的な授業では、子どもたちはおとなしく席に座っていませんから、普通の授業と比べて、ひとりひとりが発信する「情報量」は飛躍的に増大します。それを分析したり推論したりする見取りのテクニックは、これまで以上に重要視される可能性があります。そのうち「狭い業界用語」ではなくなるかもしれません。
見取りの力を磨くためには、教室にいるだけではダメだというのがボクの意見です。先生がもっと学校の外に出て行って、教育界以外のたくさんの人と出会い、語らい、多様な人間観を磨いていく必要があると思うのです。
だって、教えている子どもたちはほとんどが、"先生以外のご職業のお子さん"なのですから!
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