沼田 晶弘
第57回 実習生がやってきた(3)
♦頑張った証しは「壁新聞」に
「わかったでしょ? 教育って思うとおりにいかないんだって。子どもたちにはスゴイ想像力があるから、いつも先生の考える通りにはいかない。いやむしろ、子どもが先生の想定をどんどん超えていってくれるから、教育は面白いんだよね」
実習も半ばに差し掛かったころ、ボクは学生たちにこんなことを言ってみます。
「キミたちにとってはこの実習も『大学で取る単位のひとつ』だろうけれど、それだけじゃないと思わない? そのために、子どもたちの大切な学習の時間を使っていることを忘れちゃいけない。適当にやってはダメだよ。でも、一生懸命やって失敗するのは全然いいんだ。その証拠がキミたちの背後にあるよ!」
ボクは教室の後ろの壁を指差します。子どもたちがチームごとに毎日作っている壁新聞。それは実習生に関する記事で満ち溢れています。たとえ授業がどんなにスベっても、うまくいかなくても、子どもたちに向き合って必死に頑張った先生は人気スターです。うらやましいぞ、ボクの授業なんてこんなに記事にしてもらえないんだからな!(笑)
「分かったでしょう。困ったときは子どもが助けてくれるからね」
H先生が授業で使った「優先席クイズ」と子どもの感想ノート |
♣教科書もちょっとの工夫で面白くなる
教科書の例を使っても、ちょっと工夫すればこんなに面白くなるという例をひとつ。
国語の「くらしと絵文字」という単元で、教科書に、歩行者用信号に使われている「止まれ」「進め」の写真が出ていました。「止まれ」が赤で「進め」が青緑ですね。それを、後期実習生の一人、H先生は色をひっくり返して黒板に貼り出した。「止まれ」を青緑、「進め」を赤にしたんです。
「こんな信号を見たら、キミたちは進む? 止まる?」
普段見慣れた信号が、色を変えるだけでまったく違って見える。赤だから止まる? 歩いているから進む? ボクたちは絵文字の「どこ」を見て判断しているのか? 大人でも考えてしまう、なかなか優れた工夫です。
もう一つ、H先生はオリジナル教材を用意してきました。電車やバスの車内に必ずある「優先席」のマーク。お年寄りやケガした人、妊婦さんらが絵文字で並んでいるものですが、その人物マークだけを外してバラバラにして、「どういう順番で並んでいるかな? 覚えてる?」とクイズを出したのです。
実は、このクイズは協議会でボクが出したアイデアでした。絵文字の流れで優先席マークの話題になったので、「この順番、知ってるようで知らないじゃん?」という感じでできあがったのです。
子どもの中に最も知的好奇心が生まれる瞬間は、「知っているはずなのに知らなかった」と気づいた時です。通学の時に毎日見ているマークなのに、いざ並べようとすると意外と思い出せないもの。H先生のあおりもうまくて、「お年寄りとケガした人はどっちが先?」「おなかの大きい女性と赤ん坊は?」と教室の中は興奮状態。いささか収拾がつかなくなったくらいです。
その後の協議会でH先生は、「子どもの意見に臨機応変に切り込めなかったなあ......」と反省していましたが、教材が面白いからこそ、子どもたちはあれほど食いついたんです。みんなその日の下校時、目を皿のようにして優先席マークを確認したことでしょう。
♥使えるものは何でも使え!
H 先生にはもう一つ感心したことがあります。この授業は午後の5時間目で、彼女の最初の授業だったんですが、直前にそれまで来ていたTシャツを別のものに着替えてきたのです。
「みんな、午前中と午後とで先生の違うところ、わかる?」
「ポロ!」
そう、H先生はボクのおなじみのファッションで教室に登場したのでした。朝から着ていないのがミソです。これによって意外性を演出し、子どもを一気に味方につける。あるいは、彼女にとってはお守りや願掛けみたいなものだったかもしれませんが、これで授業がぐっとやりやすくなったのは間違いないのです。
こういう「使えるものは何でも利用してやる」という貪欲さと機転は若者らしくていいなあと思います。これだから教育実習って面白いと、ボクが感じる瞬間でもあるんです。
56<< | 記事一覧 | >>58 |