沼田 晶弘
第6回 100輪の花(3)
♣「一つの大きなゴール」からの転換
こうしたプロジェクトを同時多発的に発生させるやり方は、小学校教師9年目のボクとしても初めての試みです。ボクはどちらかというと、一つの大きなゴールを最初に設定し、その実現に向けて子どもを役割分担させる方が得意でした。
たとえば2010年、4年生担任の時にやった映画製作。監督班、カメラ班、ダンス班、デコ(大道具・小道具)班に分かれて、子どもだけの力で映画を作った。まあ、完成したものは劇映画というより、クラスのプロモーションビデオみたいなものでしたが。
こういう「単一目標・役割分担型」は、みんなの中でゴールが共有されるので、全体の意欲は高まります。その反面、やれる子がどんどん先走ってやっちゃうところがあって、個々の子どもにとっては、イマイチ活躍できなかったり、達成時の「自分も頑張った感」がちょっと足りなかったりするかな、と思うことがありました。
♥「帝国ホテルでランチを食べる」
プロジェクト制がいいのは、やりたくないことはやらないでいいところ。自分が好きなこと、興味があることだけ選んでやればいい。プロジェクトを立てるハードルが割と低いので、自分で目標を設定することも自由です。子どもひとりひとりの、多様な「やる気」を引き出すためのシステムだと言えます。
ただ、やはり最後には、あいまいでも大きな目標があった方がいい。そうしないと、プロジェクトを立てるモチベーションが長期的に維持できないからです。
ボクたちが立てた目標とは 、これです。
「卒業遠足で、クラス全員で リムジンに乗って帝国ホテルに乗りつけ、『インペリアルバイキング サール 』でランチを食べる」
「インペリアルバイキング サール」とは、帝国ホテルが日本で始めて「バイキング」という形式を作ったブフェ・レストランで、ローストビーフなどが有名だそうです。予約を取りにくいことでも有名。リムジンは学校から全員で向かうためには4台必要になりそうです。
♠クラスが一丸となって「賞金稼ぎ」
「どうやってこれを実現しようか?」と、ボクは子どもたちに問いかけました。「かなりおカネがかかるぞ。どうする?」
小学生にアルバイトはできません。その代わりとして、子どもたちが選んだのが「コンテストでの賞金稼ぎ」でした。とにかくたくさんのコンテストに応募して、賞金を貯めて、「帝国ホテル」への資金にする。あの子たちにとって、コンテスト入賞は栄誉であるとともに、実利をともなう手段でもあるんです。
ちょっと顔をしかめる人もいるかもしれません。しかし、これまで書いてきた通り、ボクはプロジェクトの内容に基本的にノータッチだし、このコンテストに応募せよ、と指示したこともありません。「帝国ホテルでランチ」という目標がみんなに共有され、それを実現しようと考えた時、あの子たちの中でコンテスト応募というプロジェクトが自然発生し、クラス一丸となって取り組んでいる。それは、誰かにやらされているのではない、「自分たちの力でやりたいこと」なんです。
ボクは子どもたちの応募作品をほとんど見ていません。 当然ながら手を加えることもありません。確認する前に子どもたちがどんどん出しちゃうということもありますけど。
だから、子どもたちが次々と入賞を果たしているのは、彼らの実力以外のなにものでもない。そのことがボクは素直にうれしく、誇りに思っています。
何たって、結果発表を見るたびに一番興奮しているのは、このタンニンなんですから。
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沼田先生略歴
ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。現在は6年生担任。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。