異見交論30「『考え、議論する』人を育てる ~道徳の特別教科化(下)」鈴木明雄氏

鈴木明雄 東京都北区立飛鳥中学校長。全日本中学校道徳教育研究会長、文部科学省の道徳教育の充実に関する懇談会委員などを歴任。60歳。

■生徒に「学ぶ楽しさ」伝えたい

――壮観! 色とりどりの幟(のぼり)が立ち並ぶ校長室は初めてです。「自主自立 自由と責任」「国際理解」......。見覚えのある内容ですね(笑)。

 

鈴木 昨年3月に公表された学習指導要領道徳科の22の価値内容項目の手がかりとなる言葉です。いつもは生徒の目にふれるような場所に置いているのですが、夏休み中は埃をかぶらないよう校長室に置いています。単なる飾りではなく、授業などで活用されています。例えば、「国際理解」は社会科の授業で国際関係の単元を扱うときに教室に掲げられましたね。「自主自立 自由と責任」は生徒会が生徒総会などに。部活動では「強い意志」を持っていく生徒もいます。

 

――日々の生活の中に、道徳の内容項目が溶け込んでいるようですね。道徳教育はとかく「うさんくさい」「上からの押し付け」などといわれがちですが、特別なものという感じはしませんね。

 

鈴木 道徳教育を通して、「学ぶことは楽しい」と生徒に実感してほしいと心から願っています。道徳教育は、為政者の意のままになるのではなく、自分はなぜ学ぶのか、多様な世界とどう向き合っていくのかを主体的に考え、さまざまな人とともに行動できる力を育む仕掛けです。私自身、校長として「ワクワク・ドキドキする学び」をカリキュラム・マネジメントの考えから、全教科や道徳教育に掲げてきました。

 

――文科省の専門家会議がまとめた報告書をご覧になっての感想をお聞かせください。

 

鈴木 よくまとまっています。評価と一体である指導のあり方にも言及した内容です。成功のカギは、我々教師の努力が握っていると思っています。学校での道徳教育は、「道徳科」を要として、学校の教育活動全体を通じて行うことが大前提です。そのためには校長が教育活動全体、特に各教科の意義を見直し、どの教科で、いつ、どんな目標を持った授業をしているのかを「見える化」しておかなければなりません。

 私自身は4年前から全授業を対象に、年間授業計画やそれぞれの授業の内容、成績評価の観点・方法を1冊にまとめて親や生徒に配布し、説明会を開いています。校内で毎月、互いの進度をチェックする場も設けています。

 幟にしても、私たち教師が何を生徒に伝えなくてはいけないのか、目に触れる所に置いて考えてほしいと願っているのです。部活に生徒が借りていったことは予想外でしたが。

 

――校長や教員の個別努力だけで、「考え、議論する道徳」が実現するでしょうか。

 

鈴木 根本的な変革が不可欠です。当たり前のことながら、私たち教員は誰一人、専門的に道徳の評価方法を学んでいません。新しい指導・評価方法を学べるよう単位数を増やし、大学院に研究科を設け、専門研究者を育ててもらいたいです。

 

――フォーラムでは、「中学校では年間35時間の授業時間を確保できていない」と指摘されていました。文部科学省の調査によると、ほぼ100%が規定の35時間をこなしていると回答していますが、実際は数学や英語など他教科等の授業に充てているようですね。

 

鈴木 他教科の授業時間の確保もかなり綱渡り状態なのです。国や自治体などから求められる「○○教育」がどんどん増えています。交通安全、防災、薬物乱用防止、情報モラル教育など、どれも確かに喫緊ではありますが、時間は有限でやりくりには限度があります。

 

――そのほかには?

 

鈴木 何よりも問題なのは、生徒自身の語彙(ごい)力です。年々落ちていると感じています。考え、議論するには十分な語彙力がないと、思考の深まりを期待できません。

 語彙力を高める中核は、国語の授業です。中学校の国語科授業時数は、ゆとり時代よりも週1時間増え、おおむね4時間になりました。けれども、肝心の国語教員が不足しています。法律で決められた枠内で各教育委員会が配置を決めていますが、英語や数学の少人数編成の教員が優先され、国語の増員は後回しです。母国語だから大丈夫という判断かもしれません。

 そのため、全学級数が少ない学校では、3学年を国語教員1人で受け持つ自治体も珍しくありません。他教科でも語彙力を増やす授業はできますが、やはり国語のプロの力にはかないません。課題図書を出し、感想文や作文を書かせ、添削して返し、生徒の思考を深めていく。それには1学年最低1人は必要です。

 

――保護者の道徳教育への偏見、反感が根強いと感じています。このままで「考え、議論する道徳」に魂を入れられるのでしょうか。

 

鈴木 東京都では、保護者らを対象に年1回、全小中学校で、道徳の授業を実際に見ていただき、意見交換をする道徳授業地区公開講座を実施していますが、「形骸化」が指摘されています。だからこそ、魅力的な道徳授業を公開しなければなりません。本校では、ここ数年、問題解決的な道徳授業を全学級で公開しています。東日本大震災やドナーカードなどを題材に、さまざまな道徳の授業が展開されています。今後は、保護者と生徒が一緒に学ぶ授業を実施できないかと考えています。

 


おわりに

 道徳の特別教科化を前に、小中学校の現場が対応に右往左往しているのに、大学界の動きはいまだに鈍い。常々、学習意欲の乏しい学生の存在に悩まされ、「小中高校のツケを押し付けられている」とこぼしているのだから、「学ぶ意欲」や「生きるとは」といった問いが正面のテーマとなる道徳の特別教科化は、問題解決の絶好のタイミングではないか。教員養成課程の変更など小手先の施策にとどまらず、小学校から大学までの学び全体を見直し、学ぶ意欲に火をつけるにはどうするか、そしてどのように小中学校の現場を鼓舞して成果を高校、大学へとつなぐか、といった大きな観点から早急に議論を深めるべきだろう。「他人事ではなく自分事として」が問われるのは、誰なのか。よく考えてほしい。(奈)


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(2016年8月20日 05:00)
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