女子学生の間で「専業主婦願望」が広がっている――最近、大学関係者からそんな戸惑いの声をしばしば聞くようになった。「夢は専業主婦」「結婚したら仕事は辞める」「子育てが一段落した後、また働く」などと口にする女子学生が珍しくないからだ。これに対し、「でも、社会に飛び出してみようよ。武器を持って」と励ますのは、「女子学生のための優良企業ランキング」など男女共同参画に向けた先鋭的な取り組みを続けてきた坂東真理子・昭和女子大学総長だ。男性、女性が手を携えて社会を担っていけるようにと、さまざまな法制度が整えられた今、なぜ「専業主婦願望」なのか、取るべき「武器」とは何か、を尋ねた。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)
■専業主婦は「夢」
――専業主婦願望が広がっているといわれていますが、どうお考えですか。
坂東 実感しますね。2、3年の女子学生約40人と将来像について話をしていたとき、「みんな、専業主婦になりたいの?」と尋ねたら、「専業主婦は夢です」と言うんですよ。ただし、彼女たちの専業主婦像は、自分のサロンを持ち、おしゃれなお茶会を開く優雅な"サロネーゼ"。いくつもの習い事を楽しみ、年に何回かは海外旅行に行く、というイメージです。スーパーのチラシを見比べて、「今日は○○スーパーの大根が5円安いから、買いに行こう」という、つましい姿ではありません。そして、そうした専業主婦を養えるのは「勝ち組の男だけ」で、選ばれるのは「美貌の女性」。だから「私たち普通の女子大学生」には「夢」なのだそうです。
――卒業後の生き方を尋ねると、「結婚したら仕事は辞める」「子育てが一段落したら、また働く」という女子学生が少なくないので、いったい、何が彼女たちにそのようなことを言わせているのかと考えていました。
坂東 仕事と家庭の両立は難しいと、恐れに近い感情を抱いているようです。自信のなさの裏返しといえるし、あきらめ感もあるでしょう。そもそも、日本の女子は、「みんなに好かれなくてはいけない」という意識が根強い。だから、男性としのぎを削って働き、キャリアを積んでいくことを嫌がり、「私には無理かなあ~」と後ろ向きになるのです。ましてや、「自分がやれば社会が変わるんだ、自分が社会を変える力になるかもしれない」とは思わない。
――女子学生だけが「後ろ向き」でしょうか。
坂東 社会全体が後ろ向き、迷っているとも感じます。この30年あまり、女性が男性と差別されることなく活躍できる環境づくりが進められてきました。とはいえ、世界的にみたら、女性の職場での地位はまだ、142か国中104位(Gender gap index、2014年)にとどまっています。「1億総活躍社会」、つまり日本社会の活性化に女性の活躍は不可欠だと頭ではわかっているけれども、世界に追いつけない。社会的な不安定感もあって、変化に抵抗を示す心情が背景にあるようです。
1985年 | 男女雇用機会均等法 |
1991年 | 育児休業法(現在の育児介護休業法) |
1999年 | 男女共同参画社会基本法 |
2015年 | 女性活躍推進法 |
――そういえば、東京地裁が、日本大学第三中学・高校(東京都町田市)の女性教員の旧姓使用を認めない、とする判決を出しましたね。
坂東 「社会の迷い、抵抗感」の典型例の一つだと思います。「旧姓使用が社会に根付いているとはいえない」という判断の理由を読み、驚きました。私は埼玉県副知事時代、県職員に旧姓使用を認めています。1997年のことです。国家公務員は2001年から認められているのに、です。
■武器と情報
――坂東さんは繰り返し、「それでも社会に打って出よう」と女子学生を励ましていますね。
坂東 女性が社会で生きていくのは、厳しいですよ。若いうちはちやほやされて「職場の花」扱いしてもらえるかもしれませんが、ほんの一時です。甘いもんやおまへんで。だからこそ、学生には「手ぶらで出て行くな。武器を持て」と繰り返し訴えているのです。
――武器とは、何ですか。
坂東 大きく分けて二つあります。まずは自分がどう生きたいのか、そこを見据えた上で必要な資格やスキル、語学を磨くこと。これは最低限必要です。それから情報です。社会の現実に横たわる不条理に関する情報です。それを知らないと、どう立ち向かったらいいかわからないし、ぶつかったときにつぶされてしまいます。そのために、私たちは企業評価プロジェクトチームをつくり、2013年から「女子学生のための優良企業ランキング」を公表してきました。
――何を評価してランキングするのでしょうか。
坂東 二つの評価軸をクロスさせた視点で評価します。一つは「就業継続・ワーク・ライフ・バランス(WLB)」。企業で女性がどのぐらい長く働き続けているか、就学前の幼い子どもを持つ社員への支援制度があるか、という観点です。もう一つは「キャリア・フレキシブルワーク(FW)」。入社後、どのぐらいの女性が管理職として企業の意思決定に参加できているか、女性の定着率はどうかを評価するものです。もとのデータは、東洋経済新報社「CSR企業総覧 雇用・人材活用編」で、銀行、サービス、小売り、化学、情報・通信、食料品など10業種に分けました。いずれも女子の就職者が多く、人気の高い業種です。
――二つの評価軸の交点がどこにあるかで、女性がいきいきと働ける企業か、女性を使い捨て労働力と見ている企業かがわかるということですね。
板東 そうです。結果は、4タイプに分けられます。こちらの表を見てください(別表)。まずWLBとFWのいずれも高得点の企業。「チャレンジ志向女子」にお勧めの企業です。資生堂と高島屋が好例です。第2のタイプは、バリバリ働けるけれど、子育て支援などは整っていない企業。「バリキャリ志向女子」にお勧めです。三つ目は、WLB、FWどちらも低いタイプ。勤続、昇進とも困難な企業です。38.2%と、実は全体で最も多かったのはこのタイプです。最後はWLBの得点が高いけれど女性に責任ある仕事を任せない、昔ながらの女性雇用をしているタイプ。「WLB重視女子」にお勧め企業です。
――武器を身につける教育に、ぜひ大学で力を入れてほしいと願っています。
坂東 手前みそですが、女子大の出番はそこです。共学で、女子学生だけに「特別な教育」をしたら「逆差別」として反発されかねませんから。女子大の教員たちの大半は、女子に厳しい風が吹いていることをよく知っています。特に女性教員は手心を加えず、厳しく学生を育ててくれるから頼もしいです。彼女たちも煮え湯を飲まされてきて、社会の理不尽さをよく知っていますからね。ただ女性だけ頑張っても意味がありません。男性が家庭を顧みないで滅私奉公する異常な働き方と、専業主婦に孤立した子育てを押し付けている現状を改めない限り、「1億総活躍」は夢のまた夢です。
おわりに
自分を磨き、社会の現状をじっくり見極める。「武器」と聞くと、物騒な感じがするが、要するに孫子の兵法そのものではないか。「彼を知り己を知れば、百戦してあやうからず」。安倍政権が課題に挙げる「女性の活躍」という言葉を目にするたび、この30余年の「共同参画」の試みとは何だったのか、どんな百戦だったのかを考えさせられる。人口の半分を占めるその存在の重さに今、改めて思いをいたさなければならない。彼も己も。(奈)
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