[12]アコーディオンをかかえて歌おう
音楽科のフータ先生。どこから見ても現代的でスマートな優男だが、授業に熱い魂を込めている、じつに熱い男である。
曇り日の午後、音楽室から「英雄ポロネーズ」が流れてきた。音楽の授業でCDを流しているのかな、と思って聞いていると、曲の途中で、生徒たちの拍手や「すげー」という歓声が混じる。そう、なんと、生徒たちのリクエストを受けて、フータ先生がショパンを弾いていたのだ。グランドピアノが震えに震え、世界を揺るがす。先生の熱演で、空まで晴れてきた。
音楽の教師といっても、専門はさまざま。ショパンの難曲を軽々と弾きこなしてしまう人はめったにいない。
音楽は抽象ならずある時は身に打ち込まるるくさびとおもふ
稲葉京子『秋の琴』
「そうそう、じつはアコーディオンを始めたんですよ」
食堂で隣に座ったとき、フータ青年が話しかけてきた。
「アコーディオン? どうして?」
「音楽室の隅でピアノを弾きながら歌唱指導をすると、生徒たちの顔をちゃんと見ることができませんよね。だからアコーディオンをかかえて、生徒たちのほうを向いて授業してみようと思ったんです」
なるほど。一理ある。一理どころか百理も千理もある。授業では、生徒の顔をちゃんと見るのが基本だ。生徒たちも先生の顔が見えたほうが安心できる。フータ先生は、短期間でアコーディオンの奏法を身につけ、授業で披露するようになった。
それだけでなく、合唱コンクールのステージでも、アコーディオン奏者としてデビューした。
「千葉先生、よかったら授業を見に来てください」
5月と6月は、教員がお互いの授業を見学に行き学び合う期間だ。フータ先生に誘われ、さっそく火曜日の音楽の時間を見に行った。驚いた。フータ先生は、生徒たちの合唱を録画していた。録画されている緊張感もあり、生徒はみんな熱心に歌っている。
「次の授業で、他のクラスの合唱を聞いて、お互いに採点し合うんです。『授業版、桜丘高校歌合戦』ですね」
生徒を本気にさせるために、若い先生は頑張っている。俺も負けられない、と心から思う。
フータ先生が顧問をつとめる吹奏楽部には新入部員が増え、今、部員数は100人に達した。
歌ふべし声低くとも歌ふべし心は永久にひびかむものなり
小暮政次『小暮政次全歌集』
千葉 聡 @CHIBASATO
1968年生まれ。横浜市立桜丘高校教諭。歌人。第41回短歌研究新人賞を受賞。生徒たちから「ちばさと」と呼ばれている。著書に『飛び跳ねる教室』『短歌は最強アイテム』。3月に発売されたショートショート集『90秒の別世界』、ぜひご一読ください。
いよいよ教育実習がスタート! かつて、ちばさとの授業を受けていた生徒たちが『先生』と呼ばれて、日々、汗をかいています。
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