2045年の学力(12)思考の翼を「世界史」で広げる

安西祐一郎(あんざい・ゆういちろう)日本学術振興会理事長、文部科学省顧問。前慶応義塾長・大学長。認知科学。70歳。

 「高大接続」という言葉が独り歩きしている。目まぐるしく変わる世界で、私たちの子どもはどんな力を求められるのか、それにふさわしい教育を創っていこう。そんな思いで始めた改革だったが、その方向に進んでいるのだろうか。議論を進めてきた責任者の一人として、改革に込めた思いを語りたい――中央教育審議会会長として改革を世に送り出した安西祐一郎氏が語り始めた。

第1、3金曜日掲載(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)

 

[vol.12] 思考の翼を「世界史」で広げる


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 高校、大学の教育、その間をつなぐ入試を一体的に見直す「高大接続改革」。その審議に関わる中で、資料を読み漁っていたときのこと。イギリスのGrade9~12向けの「世界史」教科書に、思わず目を見張ってしまった。日本でいえば高校生用で、その最後に「自習用の手引き」(セルフ・ガイド)として書かれた数十ページの項目が、私の知っている「世界史」教科書とあまりにも大きな隔たりがあったのだ。

 少し長くなるが、できるだけ元の意味に沿う訳で、主な項目をご紹介しよう(McDougal Littel, Modern World History: Patterns of Interaction)。

 

■Section1:批判的に読む

 ・中心となる考えを決める

 ・時間の順序に沿う

 ・明確にする、要約する

 ・問題は何か、その答えは何かを特定する

 ・原因を分析する、結果を認識する

 ・比較する、対照する

 ・意見と事実を区別する

 

■Section2:高次の批判的思考

 ・カテゴリー化する

 ・推論する

 ・結論を導く

 ・仮説を立てる

 ・動機を分析する

 ・意思決定や行動軌跡を分析する

 

■Section3:証拠を集める

 ・一次、二次情報を分析する

 ・インターネットを使う

 ・地図を解釈する

 ・図表を解釈する

 ・グラフを解釈する

 ・政治漫画を解釈する

 

■Section4:プレゼンテーションをつくる

 ・文章を書く

 ・地図を描く

 ・図表やグラフを描く

 ・データベースをつくり、使う

 ・口頭でのプレゼンテーションをつくる

 ・文書によるプレゼンテーションをつくる

 

 歴史を単なる「読み物」ではなく、もちろん「暗記もの」としてでもなく、「批判的に読む」とは......。歴史を学ぶ第一歩はここにある。批判的に読むには、「中心となる考え」つまり軸を決め、時間軸に沿って流れをつかまなくてはならない。記載内容が歴史学者や教科書筆者の意見なのか、それとも事実なのかを区別するという記述も気になる。歴史には「ナゾ」がつきものだからだ。

 批判的に読んだうえで疑問点を洗い出し、仮説を立て、自分の考えを立証していく。そのためにインターネットも駆使し、地図や図表、グラフを読み解く。政治漫画の解釈も項目として一本立ちしている。そうか、確かに。政治漫画は時代の空気をよく取り込んでいる。物事は多面的・多角的にとらえなくてはならないという考えだろう。

 それらを踏まえ、最終的に発表や文章にまとめる。発表だけでは、おしゃべり上手だけが得をする。きちんと文章に書かせることまで要求するとはすばらしい。

 などと、教科書著者が提示する一連の「自習」の流れに圧倒されてしまった。

 

 イギリスにはイギリス特有の教育問題があり、世界史の教科書の「自習の手引き」が優れているから教育自体が優れているとは、もちろん言わない。しかし、この教科書では、単に「学びの方法」と言っているのではなく、いろいろな種類の「思考の方法」を自習できるよう目を配っている。「思考力」とか「表現力」という言葉を使いながら、その中身になかなか立ち入ろうとしない日本の教育現場とは、かなりの違いがある。

 

 思考の方法にはいろいろな種類がある。

 たとえば、「フランスの市民革命、アメリカの独立戦争、中国の辛亥革命、日本の明治維新に共通する点を一つ挙げて説明しなさい。また、明治維新が他のどれとも異なる点を一つ挙げて説明しなさい。」

 これを考えるには、「類推推論」と呼ばれる推論法が必要になる。一見異なる現象の似ている部分を取り出して結びつけ、どこが似ているのか考え、思考を広げていく。思考を広げる過程で、「こうかもしれない」と仮説を立て、ああでもない、こうでもないと頭の中で議論もする。議論の末に仮説が間違っていることに気づいたら、また新たな仮説を立て、それがだめなら、また次......。延々と思考が広がっていく。

 「似ているところ」は無限に存在する。時代を画す革命や維新となると「似ている」といっても切り口は無限にある。実は、子どもは無意識で「似ているところ」をくっつけて、遊びの世界を広げている。

 1つ例を挙げれば、積み木を使った「ごっこ遊び」。茶色い円柱の積み木を「茶碗」にし、「お茶をどうぞ」と「お客様」役の子に差し出すままごとの場面を、どこかで見たことはないだろうか。もう少し平べったい茶色の丸い積み木なら「ハンバーグ」に見立てて、「いただきます」と食べるふりをするかもしれない。両方とも茶色で丸いという共通点がある。直方体の積み木なら「電車」だろうか。形が似ている。いくつかを組み合わせて、怪獣をつくるかもしれない。いろいろな物のイメージを大づかみにし、似ている点を探し出すことで、丸や三角、四角形の積み木から豊かな遊びの世界が広がり、その経験は思考の広がりも助けていく。

 

 話を元に戻そう。日本の高校の歴史授業が事件の名前や人名、年号の記憶に偏重してしまうのは、丸暗記の記憶を1点差で競う大学入試が横行していることが大きいだろう。だが、それでは思考を豊かにすることはもちろん、歴史を学ぶ方法すら身につけられない。海の向こうでは、同じ年代の高校生が歴史を題材に思考の翼を広げているというのに。

【MEMO】

 思考の方法、推論には、類推推論のほか、因果推論、帰属推論、演繹推論、帰納推論、仮説生成推論などさまざまな種類があるが、日本の教育現場でその中身について語られることは少ないようだ。「思考の方法」に関心がないということの表れだろうか。

 日本学術会議は、「歴史的思考力」とは何かについて、以下のように述べている。「文章や年表、図表等の資料から、歴史に関する情報を整理し、その時代の人々が直面した問題や現代的な視点からの課題を見出し、その原因や影響、あるいは解決策等についての仮説を立て、諸資料に基づき、多面的・多角的に考察し、その妥当性を検証して考えをまとめ、根拠に基づき表現する力などが考えられる」

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(2017年3月17日 10:00)
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