[24]何気なくても大事な一言
先日、NHKで、ある古寺の修理をしたところ、はがした板に室町時代の落書きが発見されたというニュースが流れた。その古寺の住職にインタビューをした時の一言。 「とにかく、お寺の落書きはやめてください」 この言葉にスタジオの司会者は苦笑いしていた。 見ていたわたしも思わず笑みがこぼれ、何か教わった気になった。住職は歴史的文化物を尊重する態度があたりまえであるという思い込みを見事に裏切り、どんな時代にせよ、「落書きはいけない」という道徳を重んじた発言をした。そこに違和感とともに、はっとした気づきを与えてくれたからだろう。
コロナ禍の中、様々な人々の一言がわたしに気づきを与えてくれている。 「マスクはいらない。それは自分で作れるから」(ある清掃員) 「ウィルスよりも人が怖い」(ドラッグストアの店員) 「(外出自粛中)ぼくらは火星に向かう宇宙船に乗っている。散歩は宇宙遊泳、買い物のような不要不急ではない行動は素早く済ます船外活動」(宇宙飛行士) 何気ない一言がとても大事なことを教えてくれる。
そういえば、勤務していた学校に日本語をまったく学んだことがない外国籍の子が入学してきたことがある。数年がたち、廊下に貼ってある歌舞伎の写真がついているポスターを見ているその児童に「日本語だいぶ上手になったね」と声をかけると、「せんせい、かぶきって何ですか」の一言。答えられない校長を置いて彼は去って行った。 わたしはまだ、あの一言の回答をまとめられないでいる。 |
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田中孝宏 読売新聞教育ネットワーク・アドバイザー
1960年千葉県船橋市生まれ。元小学校長。「ブラタモリ」にならって「ぶらタナカ」を続けている。職場の仲間や友人を誘って東京近郊の歴史ある地域を歩く。「人々はなぜ、この場所に住むようになったのだろう」と考えると、興味は尽きない。