異見交論45 「研究型」大学が改革の牽引車だ 橋本和仁氏(総合科学技術・イノベーション会議議員)

1955年生まれ。東京大学総長特別参与、教授。東京大学先端科学技術研究センター所長などを経て現職。産業競争力会議議員、総合科学技術会議議員。

 大学改革の司令塔――霞が関でそう呼ばれている組織がある。内閣府に設けられた総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)※だ。安倍首相を議長とし、閣僚や財界人、学識経験者で構成する組織が様々な改革案を発信し、その案を土台に文科省が具体策を練り上げていく。いま、大学教員の給与体系の見直しにも踏み込もうとしている。CSTIはなぜ大学改革に注力するのか。どのような大学の未来を構想しているのか。中心となるCSTI議員の一人である国立研究開発法人、物質・材料研究機構の橋本和仁理事長に聞いた。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈、写真も)


 

※CSTI

もともとは、首相と内閣を補佐する「知恵の場」として2001年に設けられた「総合科学技術会議」。日本の科学技術を俯瞰(ふかん)し、「各省より一段高い立場から、総合的・基本的な科学技術政策の企画立案及び総合調整を行う」ことを目的とした。現在の名称に変更されたのは、2014年。

 

 

■全体の見直し

――3年前の「異見交論」で、国立大学への危機意識を語っていた。現状認識は変わったか。

 

橋本 研究環境が悪化し、大学人の閉塞感が著しい。それに対して政府も産業界も危機感を持ち、大学改革の推進を求め、プレッシャーをかける。その結果、ますます大学人は閉塞感と不満を募らせるという悪循環が起きている。

 大学改革に関する意見は多様だ。過去5年強にわたり、産業競争力会議議員、CSTI議員、未来投資会議でも作業部会副会長として政策立案・提言をしてきた。研究者、大学にいる人間としては誰よりも政策に近い所にいるので、情報の質量もおのずと違う。隠しておくべきだとは全く思わず、積極的に発信しているが、ちゃんと伝わっていないという焦燥感がある。いい機会なので、お話ししたい。

 

――3年前には、ピンチとチャンスをそれぞれ三つ挙げていた(>>vol.5)。(1)若手研究者の雇用環境悪化 (2)全体像の見えない競争的資金の乱発 (3)社会と大学との認識に溝、というのがピンチ。一方、チャンスとして(1)大学改革に注目する安倍政権 (2)大学改革の必要性について政財官、大学も認識を共有 (3)改革の機運を盛り上げる役者がそろった、という点を挙げていた。そして「今こそピンチをチャンスに変える時だ」とも。だいぶ状況が変わったのだろうか。

 

橋本 こうしてみると......ピンチもチャンスも全く同じのままだ。しかし、大学現場では改革に向けた具体的な動きが出てきており、決して悲観的な状況ばかりではない。いま必要なのは、そんなポジティブな動きを加速させ、横への展開を促すよう応援することだ。

 

――大学改革には、金がかかる。

 

橋本 大学に投じられる国費が増えるよう、CSTIとしては最大限努力しているし、今後もし続ける。だが、国家財政の状況からそれほど大きな伸びを期待するのは難しい。他方、イノベーションの担い手としての大学に対する産業界の期待は大きい。共同研究のための資金や寄付金の拡大のチャンスだ。大型資金が単に特定の研究に使われるだけでなく、若手の雇用環境も含めた研究環境の改善につなげられることが必要だ。そのためにCSTIは間接経費の拡大、寄付税制の整備に取り組んできたところだ。

 

――2016年、文科・経産両省が「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」を発表した。2025年度までに企業から大学・国立研究開発法人への「投資3倍増」を実現するという数値目標が掲げられていた。あの時の合同委員会作業部会の委員長は、橋本先生だった。

 

橋本 研究型の国立大学でいま、大型の産学連携が進んでいる。研究大学は競争力があるから、産業界からしっかりお金を取ってくれるだろう。

 

――国立大学には三分類がある。地域貢献型と、特色ある分野で全国的な教育研究を推進する大学、そして研究型だ。そのうち、研究大学※だけをターゲットにするのはなぜか。

 

※研究大学

北海道、東北、筑波、千葉、東京、東京農工、東京工業、一橋、金沢、名古屋、京都、大阪、神戸、岡山、広島、九州の16大学。いずれの分類かは、大学が選択する。

 

橋本 企業からの研究費や寄付金など外部資金の獲得は、研究大学が圧倒的に有利であり、大学システム全体の改革に対する責任は大きい。外部からの資金獲得ができれば、研究大学は運営費交付金への依存度を下げることができる。その分、地域型の大学などの運営費を充実させる方向に誘導するべきだ。そして地域型の国立大学は、私立大学も巻き込み、地域における大学改革の核となってもらいたい。こうした一体の改革で大学人の閉塞感を一掃し、大学における研究環境改善、基礎研究力強化を図っていくべきだと考えている。

 

――そもそも、なぜCSTIが大学改革に注力しているのか。設置の根拠となる法律に、「大学改革」の文字はない。

(資料:「総合科学技術・イノベーション会議について」平成30年3月改訂 >>PDF

 

橋本 CSTIだけでなく、内閣全体で大学改革を見ている。CSTIは、主に研究大学。まち・ひと・しごと創生会議では、地方大学の活性化。人生100年時代構想会議は、高等教育無償化にからめて大学の運営やカリキュラムを議論している。もともと各省にヨコグシを刺すのは、内閣府の責任だ。内閣府と文科省が一体となり、文科省が実行する。

 大学改革を進めるにはお金がかかる。運営費交付金だけなら文科省でできるが、産業界から資金を取るとか、競争的資金改革は文科省だけではできない。そこで内閣府が司令塔となっている。

 CSTIは「イノベーションの司令塔」だ。イノベーションは日本に重要な柱で、大学はその重要なプレーヤーだ。だからCSTIは大学に口を出す。全般的な大学改革の司令塔ではない。だが、イノベーションの観点からの大学改革は、結果的に日本の大学全体に非常に大きな影響を及ぼすだろう。お金を取れるのはここだからだ。

 

 

■研究力が落ちている

――なるほど、研究大学を牽引(けんいん)車とした大学改革を進めているという構図か。

 

橋本 そうだ。それを「研究大学だけをいじめないでくれ」という言葉にする人もいるが......。いじめているのではなく、大学が動きやすくできるように環境整備をしていると言っているのに、きちんとした議論にならない。

 研究大学を牽引車とする大学改革を進めるためにも、ここ20年で大幅に増えた競争的資金の改革が必須だ。科研費と科学技術振興機構(JST)資金、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)資金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)資金などとの一体的改革で、科研費はもっぱら基盤的研究と学術研究の資金にし、イノベーションや社会的課題解決につながる研究の基礎、および応用研究費はその他の競争的資金で――といったような整理が重要だ。

 

――科研費は基礎・学術、それ以外の競争的資金は目的型という整理か。

 

橋本 そうだ。まず科研費とJST資金とで一体的に改革する。科研費で自由発想型研究をし、イノベーションのタネになりそうなら、目的型のそれ以外の研究費に移れるようにする。学術的な価値があるものはそのまま科研費でサポートする。その分余裕ができるのだから、学術研究、基礎研究を増やせるはずだ。科研費をもっと増やすのは大事だが、科研費で出てきた芽を目的型に移すのが、正しいあり方だ。その方向での改革を、文科省と一緒に議論をしているところだ。

 他の競争的資金、さらには運営費交付金まで含めた一体的改革が今後の本丸だろう。経産、厚労、総務省など省庁間の大きな壁を越えて行う必要がある。

 

――肝心の研究力はどうだろうか。

 

橋本 重大な問題だ。基礎研究力が低下している。学術論文総数の伸び悩みやトップ10%論文などの国際シェアの低下、新しい学問領域での論文シェアの国際比較などから考えても、深刻な状態だ。これについて原因究明を始めている。

 原因に研究費の不足を訴える論調も多いが、私は違うと考えている。科研費は2倍、その他の競争的研究費が大幅に増えている。確かに運営費交付金は減っているが、そこから研究費にあてがわれていたものはごく一部だ。研究費は決して減っていない。ドイツなど他の先進諸国と比べても日本の研究者1人当たりの研究費は決して少なくない。論文1本当たりの研究費は日本が極めて多いとの分析もある。

 

 

■給与改革で「稼げる人が稼ぐ」

――大学教職員給与にもメスを入れようとしていると聞いた。クロスアポイントメント(混合給与)※制度のほかに、何か改革案を提示するのか。

 

※クロスアポイントメント(混合給)

1人の職員が企業や研究所、大学など、所属している機関以外から給与を受け取れる制度。2013年から一部国立大学で導入が始まった。

(資料:クロスアポイントメント制度について~文部科学省の取組状況 >>PDF

 

橋本 自分の獲得する研究費に、自分の給与を上積みする方法だ。共同研究や民間からの研究、公的研究資金に自分の給与を積める。これならば、運営費交付金から出される給与を減らしても手取りは増える。大学が給与改革をすれば、こうした制度は可能だ。

 

――文科省によると、利益相反のリスクをクリアしていれば、法的には問題がないようだ。だが、大学の中に格差ができそうだ。

 

橋本 格差ができることを求めている。外部資金を稼げる人はいいけれど、そうでない人はどうなるか、と言うだろう。だが、稼げない人の給与を減らすのではない。稼げる人は自分でリスクを抱えて挑戦している。その足を引っ張ってはいけない。

 「だから橋本はけしからん」と言われるだろうが、かまわない。稼げない人を不利益にするのではない。そうした人たちの給与を確保するための改革だからだ。稼げる人が稼がなければならない。こうでもしないと大学はつぶれるだろう。そうなれば、みんな一緒に下げることになりかねない。

 

――そこまでして支える国立大学とは何だろうか。

 

橋本 国立大学は大きな使命を持っている。知識を生みだし、保存し、人を育てて社会に送りだし、社会に役立つ研究をする。だが、このままなら維持できなくなる。国家財政が傾いているからだ。ではどうするか。それが繰り返し言っている、イノベーションを核にすることだ。大学の強みだからだ。それを核に、大学全体を強くする。いずれは私立大学を含めた再編も出てくるのかもしれない。人口減少社会で、若者が少なくなっているのだから。

 それについてCSTIが細かく口をだすことはない。われわれは、研究大学を強くし、財政も運営費交付金から離れて強くする。その成果の一部を地方の大学に回し、地域の活性化という文脈の中で機能させれば、地域全体での人材育成にも波及するだろう。私立も含めた大学全体の活性化につながるはずだ。

 

――国立大学法人化をどう評価するか。

 

橋本 「失敗」だったかどうかは、わからない。ただ、出発点がまずかったのではないかとは思う。

 法人化当時、私が東大の研究所所長だった頃だ。学内の幹部会議で、「法人化では何も変わらないから」と説明を受けた記憶がある。「変わらない」どころか、大きく変わった。法人化は責任を持たされるのだから、経営的視点が不可欠だったのだ。運営費交付金が減って競争的資金が増えた。トータルで入ってくるお金は変わらないが、自由に使えるお金が減り、ミッションを持ったお金が増えた。しかも、ミッションを持った競争的資金は大学ではなく、個人に入っていった。つまり、特定の個人は裕福になったが、大学はどんどん疲弊していった、と多くの大学人は痛感したはずだ。「変わる」「経営的視点が不可欠」だと最初に見越して設計すればよかったのだ。まず、法人化とは何かきちんと説明し、危機意識に基づいて全体を設計すべきだった。

 「将来、恨まれるだろうな」と当時のトップがつぶやいていた。今思えば、その言葉の意味がわかる。

 社会構造が大きく転換しようとしている。国連のSDGs(持続可能な開発目標)でうたわれているように、みんなが幸せになれる世界が求められている。しがらみなしに未来をデザインできるのは国立大学だけだ。社会変革における核にならなければならない。だからこそ、大学の改革を加速させていかなければならない。

 


おわりに

 しがらみなしに未来をデザインできるのは、国立大学――。結びのひとことに、希望がある。その希望をかなえるためにも、研究型大学の役割は重要だ。稼ぎ頭として期待したいところだが、時間との競争だ。どんどん若者が減っていく中で、いつまでその力を担保できるか、予断を許さないからだ。

 少子化にもかかわらず、大学は定員を減らしていない。「学生に手がかかる」とこぼす現実が、研究力とどのようにかかわっているか。大学人自身は理解しているかもしれないが。

 それにしても、「大学改革」を論議する会議体のなんと多いこと......。(奈)


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(2018年5月 1日 14:36)
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