[46]人間と機械
先日、自宅近くのコンビニで買い物をして不思議な経験をした。買うものをレジの台に置き、マイバッグを出していたところ、精算を終えた店員が「このままで良いですか?」と言う。わたしが買ったのはビールとおつまみ。温める必要もなく、サービスにおつまみの袋を開けてくれるというのか。まさか、ここで飲めということか。 思い悩んでいるわたしに、店員が「持ち帰りの袋はいりますか?」と重ねて聞いてくる。わたしは手にマイバッグを持っていて清算を待っているのにだ。
人間とプログラムされた機械の違いは、その場に応じて臨機応変に対応を変えられることだと思う。店員としては、研修で学んだマニュアル通りの対応であるのだろうが、何かおかしいと感じた。
学校教育の中で「話型を教える」というプログラムがある。「わたしは○○だと思います。なぜならば○○だからです」のように、話し方の形式を決めてその通りに話すように指導するものだ。子どもたちは、素直に教わった話型を使って、授業を進めていく。 コンビニの店員も同じような研修を受けているのだろう。しかし、そのままでは、まったく受動的な人間になってしまう。「型は破るためにあるもの」。ある程度「話型」を使いこなせると、子どもたちは個々に工夫した言い回しを考えることができるようになるので、教師はその成長を見守ればよい。
今後訪れるだろうAIに依存する比率が高まる社会では、人間は機械に近づくのでなく、型を破り臨機応変に対応できるようになりたいものだ。
とりあえず、今度コンビニで同じようなことがあった時は、「ありがとう」と返してみようと思う。 このプログラムはまだ書かれていないかもしれない。HI(Humanic Intelligence)プログラムとでも呼ぼうかな。
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田中孝宏 読売新聞教育ネットワーク・アドバイザー
1960年千葉県船橋市生まれ。元小学校長。「ブラタモリ」にならって「ぶらタナカ」を続けている。職場の仲間や友人を誘って東京近郊の歴史ある地域を歩く。「人々はなぜ、この場所に住むようになったのだろう」と考えると、興味は尽きない。