異見交論19「入試改革で学びの『中核』に ――大学図書館の未来像」

8月24、25の両日、同大で入試の合否とは無関係の新フンボルト入試「体験版」が行われ、計261人が参加した。文系は「教育格差」をテーマにした講義でスタート。

 従来の「1点を争う一発入試」からの脱却を図るお茶の水女子大学が、図書館での調べ学習などを組み込んだユニークな新型AO入試「新フンボルト入試※」を来年度から始める。入学者選抜にとどまらず、高校と大学の学びの違いを理解してもらうのも狙いのひとつ。それにしてもなぜ図書館を舞台に据えたのか、新入試によって大学図書館や大学の未来をどう描こうとしているのか。同大入試推進室長の安成英樹教授と、猪崎弥生・図書館長(学術情報・広報担当副学長)に質した。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)


 

※新フンボルト入試

 文系・理系の2パターンの入試がある。文系はあるテーマに関連した講義を聴いたうえで、図書館で情報検索。その後、与えられた課題について小論文を執筆し、数人グループで議論をする。テーマは「社会の幸福を測定することは可能か」など。理系は実験室での実習。

 

 
安成英樹(やすなり ひでき) お茶の水女子大学教授、入試推進室長。東京大学文学部助手などを経て現職。専門は西洋史学(フランス近世史)。51歳。   猪崎弥生(いざき やよい) お茶の水女子大学教授、副学長兼附属図書館長。中京女子大学教授(現至学館大学)などを経て現職。専門は、舞踊学・舞踊芸術学。61歳。

 

――この入試の趣旨、合わせて図書館を舞台に据えた理由もご説明ください。

 

安成 中央教育審議会が昨年末に出した入試改革を先取りしました。知識の多寡を問う1点を争う入試ではなく、知識をもとに考え、他者と協働して問題を解決する力を測るべきだという方向性が出されています。そういう力を測るための取り組みです。

 近代型の大学の祖であるフンボルト(1767~1835、ドイツ)にちなんだネーミングです。研究と教育の場の核は、文系はゼミナール、理系は実験室ですが、ゼミナールを図書館と読み替えました。これまで入試は、何も見てはいけない状態で考えさせることとされてきました。でも、何か新しい解決法を考えるときにわれわれは様々な資料を駆使し、自分の論を組み立てていきます。それはどこでも求められ、これから先にも役立つ力です。

 

猪崎 大学図書館は、大学の知の拠点です。単に資料を集めた建物ではなく、ここから世界につながる場です。けれども、これまで入試には関わってこなかった。図書館を入試とコラボさせることで、図書館でどんな学びができるのか、受験生に知ってほしいと思っていました。ここでの体験を学生生活に生かしてほしいという願いを込めています。

 

――図書館を使った入試で、受験生のどのような「素養」が見え、「何」が測れるという仮説を立てたのでしょうか。できるだけ具体的にお願いします。

 

安成 ひとつは「情報検索の力」です。キーワードを入れるとたくさんの情報が画面に呼び出されますが、信頼度の順には並んでいません。それをどう見極めるか。さらに「思考力」と「論理力」、与えられた課題についてどう考え、論理を組み立てるのか。その際には「独創性」も必要です。同時に「独りよがり」ではなく、「説得性」も不可欠。そこを総合的に測りたいと考えています。

 

――今回の試みでは、なぜ文系と理系に分けたのでしょうか。「文理融合」「知の統合」という時代の要請に逆行しているようにみえますし、「図書館は文系学生のもの」と考えているとも受け取れます。

 

安成 文理融合は大事です。本学は入学後文理融合のリベラルアーツに力を入れているので、その看板を下ろすわけではありません。現行のAO入試では文理の模擬授業を聞いてレポートや小論文などを課していますが、こういう方法だとどうしても理系志望の人には不利になりがちです。理系を志望する学生の基礎学力や意欲、探求力をしっかりと測るため、入口部分では文理に分けた方が適切と判断しました。

 

――図書館を舞台にした体験入試の結果から、どのようなことがわかりましたか。5人の体験者を2人の職員や大学院生がサポートする手厚い態勢でした。職員たちは、受験生の動きや、質問、サポートの内容を報告していましたね。

 

安成 まだ体系的な分析ができていないので、印象でしか申し上げられないのですが。

 体験者は千差万別でした。ある程度自分の意見を持っている人は、それに即した資料を持ってきますが、手当たり次第で資料から見つけたことを箇条書きにする人もいた。小論文はパソコンで書いてもらいましたが、中には全然パソコンをさわったことのない子もいました。キータッチの遅速が露骨に影響してくるので、これをどうしたらいいのか......。

 グループディスカッションにしても、得意か不得意かで分かれますし、どうしても後攻が有利になりますから、これをどう評価するか。元気がよくて人前で大きな声の出せる人を取りたいわけではありません。工夫を考えなくては。ただ、今回は入試ではないと知りながら、みんな真剣でした。

 

――いま多くの図書館で業務委託が進んでいます。館長以外すべてよその人という図書館もあります。果たしてこの入試は、業務委託している図書館でも可能なのか。図書館のあり方などの課題も見えてきたのではないでしょうか。

 

猪崎 図書館だけ個別にあるのではなく、大学の一員として全体を把握し、つながっていないと、この入試はできません。私たちはみんな「同僚である」ところから始まっています。業務委託では成り立たないのです。いまは日曜日の開館を業務委託にしていますが、ここまでです。大学の中で図書館が全面的に業務委託されたら、学術情報が廃れていくかもしれない。研究へのサポートも十分できません。

 

――今後、どのような大学教育、図書館のあり方を構想していますか。そこに、今回の結果をどう反映していくお考えでしょうか。

 

安成 来年度から入試方法を新しくします。ただ、これほどの手間をかけて全入学定員452人を選べませんし、いろいろな入試形態で、それぞれを得意とする人が集まっていることに意味があります。多様性が大事です。そこに図書館の力を組み込みたいとは考えています。学びの楽しさを伝える良い舞台です。検索のイロハを知り、頭だけではなく身体全体を活用して学べる場です。入試は単なる学生確保の手段ではなく、大学教育のひとつです。合否がすべてではなく、受験して何かを得られる入試、次につながる入試にしたい。大学とは何か理解してもらうためにも、さらなる工夫が必要です。

 

猪崎 大学の学びの場、その核が図書館。大学そのものです。教員も学生も使いやすく、居心地よく学べる場でなくてはいけません。社会に出て生きる力を培える場として図書館を機能させるための工夫を重ねていきたいと思っています。

 


おわりに

 体験入試で、図書館の本を3冊集め、何とか小論文の形にしたという新潟県の高校3年生は「ふだんは手に取らない本と出会え、充実した時間でした」と満面の笑み。一方、千葉県から来た高校2年生は、お目当ての資料を先取りされて途方に暮れて座り込んでいたが、終わった後には「こんなに図書館を走り回ったのは初めて。面白かった」と喜んでいた。インターネットの普及や業務委託の広がりで存在感が薄れつつある図書館の楽しさを伝える一助になったのではないだろうか。入試と図書館、この組み合わせの妙!こうした積み重ねで、大学図書館、いや大学の存在意義が見直されるといい。(奈)


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(2015年9月14日 14:25)
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