シーボルトが広めた「嫌われもの」《記者のじぶんごと》
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高校生自身が企画した「海洋プラスチック問題を解決するのは君だ!」という研究プログラムについて、昨春まで約半年間、参加者募集などで協力した。その代表だった男子高校生が昨秋、米国東部にある大学へ進学した。「アイビーリーグ」の名前で知られる難関校のひとつで、「今どきのできる高校生はこう来るのか」と、正直舌を巻いた。
ご存じの通り、アイビーは日本語でいうツタ(蔦)のことだ。かの地の大学の建物にはツタが絡まっていることから、こういう愛称がついた。しかし、そのツタが実は日本原産で、日本ではナツヅタ(夏蔦)と呼ばれていることは『都市で進化する生物たち』(メノ・スヒルトハウゼン著、草思社)という本で初めて知った。
このツタを観賞植物として欧米各国に広めたのが、あのフォン・シーボルト(1796-1866年)だということも記されていた。この点も「へー!」だが、ここまでなら気の利いた酒飲み話ていどで終わる。そうはいかないのが同書の面白いところで、シーボルトは日本追放後に居を構えたオランダから、ツタだけではなく、多種多様な日本産植物を欧州の好事家たちに売りさばいた。
シーボルトはこうした商売で悠々自適の生活を手に入れた。この本の筆者であるオランダの進化生物学者によると、その商材のひとつが、日本ではありふれた野草のイタドリ。スカンポなどとも言い、学校帰りに生でかじった甘酸っぱい味の記憶が私にもある。鑑賞に堪える美しさとはいいがたいが、油でいためると、ごはんの立派なおかずにもなる。
イタドリ(椎名豊勝さん提供)
シーボルトの時代には人気のあったイタドリだが、今では世界各国で大量に繁茂して駆除が追いつかない。とどまることを知らない繁殖力と、レンガ造りの建造物や道路の石畳まで突き破る根の破壊力が、社会インフラを痛めつけている。そこが今も愛されるツタとは違うところだ。
現代では、そのイタドリですら外来種の一例に過ぎなくなった。ペットショップや園芸店に売りさばくため、無数のシーボルトたちが各種生物を本来の生息地以外に運んでいるからだ。天敵がいない新天地に運ばれた外来種は時に、凶暴な牙をむく。緑化用に輸出されたものの野生化して在来種の成長を妨害するクズや、船がバランスをとるために積むバラスト水に混ざって世界の海に広がるワカメのような「嫌われもの」の日本産植物もある。
2003年、私は「環境省が外来種を法律で規制することを検討している」という小さな特ダネを書いた。法律は施行されたが、その後も外来種の勢いは国内外でとどまるところを知らない。
新型コロナウイルスの蔓延ぶりで明らかなように、さまざまな生物が原産地から瞬時に地球全域に拡散する時代だ。グローバル経済の中で、こうした生き物の流れを阻止するのは困難を極める。だからこそ、私たちは自らの行動の危うさを知っておく必要がある。
(小川 祐二朗)
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