出来ないことを嘆くより《記者のじぶんごと》

05.


 土曜日の昼下がり、久しぶりにDVDのレンタル店に入った。5、6人の客が棚を物色していたが、そのほとんどがシニア世代だ。筆者と同じくらいの年齢か、もう少し上か。そのうちの一人、70歳代半ばと思われる男性は、メモした映画のタイトルを読み上げて店の従業員に探してもらっている。従業員は「その作品は貸し出し中ですが、どうしますか?」「20年ほど前に作られたものと昨年公開のものと同じタイトルで二つあるんですが、どちらがいいですかね」などと問いかけながら店内を歩く。「どっちが面白いかな」「いつも悪いね。あなたがいないと映画をみることができないよ」と客の男性も笑顔で従業員についていく。

 

 定額制の配信サービスが充実して、若い人たちの多くは映画も音楽もインターネットを通じて楽しむようになった。めっきり数が減ってしまったレンタル店では、ネットになじみが薄いシニア世代が、従業員の助けを借りながらDVDを選んでいる。

 

 9月1日にデジタル庁がスタートした。政府が目指すデジタル社会のビジョンとは「デジタルの活用により、一人一人のニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」という(2020年12月13日読売新聞朝刊)。そうした社会が実現するようデジタル庁には努力してもらいたいが、それはそれとして、本来目指すべきは、デジタルを利用しない、利用出来ない人も含めて多様な幸せが実現できる社会であるのは言うまでもない。

 

 デジタルディバイド(情報格差)という言葉を聞くたびに、スマートフォンを含めたデジタル機器を使いこなせない人は何かが欠落していると指弾されているような気がしてならない。デジタル機器については、若い世代の方が詳しいだろう。だが、シニア世代の方が使いこなせるものはいくらでもある。

 

 

 公衆電話もその一つだ。NTT東日本による2018年のネット調査では、小学生の8割が公衆電話を使ったことがなく、存在すら知らない児童も3割に上った。災害時や緊急時の連絡に公衆電話が頼みの綱になるかもしれない。公益財団法人・日本公衆電話会は全国の小学校などで公衆電話の体験教室を開いているという(21年6月24日朝刊)。シニア世代がスマホの使い方講座に通う時間に、小学生たちは公衆電話の使い方を学んでいるのだ。

 

 公衆電話だろうがダイヤル式電話だろうか難なく使えるし、ビール瓶の王冠を栓抜きで開け、缶詰を缶切りで開けるのも朝飯前。シニア世代は、出来ないことを嘆くより、出来ることを数え上げればいい。そして、若い世代に気に留めておいてほしいのは、冒頭のレンタル店のように、何かに戸惑っている人に快く応対してくれる人たちがいることで、シニア世代だけでなく、どんな人も安心して暮らしていけるということだ。

(橋本 弘道)


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(2021年9月10日 16:07)
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