偽りのない笑顔《記者のじぶんごと》

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 48インチのテレビを居間から隣の部屋に移して1年になる。食事中はテレビを見ないと家族で申し合わせていたが、例外が重なり、テレビそのものを移動した。ただ、食事中にスマホをのぞき見ていることもあるから、あまり意味はなかったかもしれない。

 子どものころは、テレビなしの生活は考えられなかった。画期的な出来事の一番手は、1970年の大阪万博の少し前にわが家がカラーテレビを買ったことだった。家具調の19インチ。アニメの主人公はこんな色の衣装で動き回っていたのか、クイズ番組の風船はこんな色だったのかと、しばらくは驚きと興奮が続いた。

 

 カラーテレビの登場は、家庭での娯楽のレベルを変えただけではない。87年2月、読売新聞社と環境関連の団体が主催して開かれたシンポジウムで、米国の元環境保護局長官で国連環境特別委員(当時)のウィリアム・ラッケルズハウス氏が語っている。

 <アメリカでは1960年代、白黒テレビがカラーテレビに変わった。これが環境問題への認識を深めるのに非常に役立った。ブルーの川に黄色の汚染物質が流れ込むことは、白黒テレビではわからないが、カラーでは鮮明だ。それが政治的にもインパクトを与え、1970年には大気汚染、水質汚濁など10件以上の法律ができた。その結果、改善できた>(87年2月25日読売新聞夕刊)。漠然と見ていたモノクロの映像がカラーになって、人々は思わぬ事態に直面していることに気づいた。

 

 一方で、見慣れているものを利用すれば巧妙に偽物を忍び込ませることができる。SNSで拡散した岸田首相の偽動画には、テレビのニュース番組のロゴも表示されていた。生成AIなどを使って偽動画を制作した25歳の男性は、「混乱させる意図はなく、『笑ってほしい』という目的で作った」と話しているという(2023年11月4日読売新聞朝刊)。

 技術的には写真や動画の加工のハードルが下がり、モノクロ写真を簡単にカラーにできるようになった。読売新聞の読者投稿欄「気流」に、家の中を整理していたら100年ほど前の写真を見つけたという女性からの投稿が掲載されいていた。写真には若いころの祖母や幼い父ら3人が写っていて、姉に送ったところ、アプリを使って着色した写真が返ってきたという。<3人の姿がリアルに浮かび上がり、着物や洋服の生地の質感まで伝わってくる。いまは他界して会えない家族と、時を超えて再会したような感覚だった。(中略)つくづく便利な時代になったものだと思う>(2022年5月30日読売新聞朝刊)

 

 モノクロ写真を着色するアプリが、会えない家族と再会したような気持にさせてくれた。偽動画を作った男性が、どれほどAIについて詳しく、どれだけ動画編集の技に長けているかは知らない。ただ、技術の力によって人が笑顔になるのはどんなときなのか、この男性には理解できないだろう。

(橋本 弘道


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(2023年11月10日 09:03)
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