父の背中を見て学べ《記者のじぶんごと》
36.
「勤労感謝の日」は仕事でした。
とはいっても、昔の新聞社と違って今はしっかり代休を取るようになっています。私が担当したのは「親子で新聞を使って学力向上につなげる」というイベントの会場設営。対象は小学生からでしたが、せっかくの機会なので、まだ幼稚園年長の長男にも聞かせてみることにしました。折り畳み机を出したり、椅子を並べたりと、準備は力仕事です。大人たちがきびきびと動く姿を珍しがって、「邪魔にならないように隅っこにいなさい」と言っても聞きません。最後は移動式の机の脚を固定する簡単な作業を、見よう見まねで手伝ってくれました。
イベントの後は「ご褒美」のファストフード店です。好物のポテトを頬張り満足そうな我が子を見ていると、隣の若者たちの会話が耳に入ってきました。
「通過率20%か。エグくない?」
「ちょっと戦略見直すか。うちらの大学層だと、失点減らすより目立ってなんぼでしょ」
大学生の2人組が話し合っていたのは、外資系コンサルタント業界のインターンシップ対策でした。人気業界かつ、インターンシップで目に留まれば年内には内定が出るとあって、3年生とはいえ、2人の表情は真剣そのもの。大学生のキャリア相談にも乗ることの多い私としても他人事ではなく、アドバイスしたい気持ちをこらえて、耳をそばだてます。
「食べ終わったから、どこか連れて行ってよ」
つまらなそうな言葉に我に返り、腹ごなしに近くの公園まで足を延ばしました。
「すごーい!あれ、どうやってるの?」
イベントや展覧会でごった返す公園内で、思わず足を止めたのは、大道芸のコーナーです。ジャグリングなどの妙技を食い入るように見つめる長男。ブロックや板を重ねた不安定な足場の上で見せる技などは、見ている私の方が怖くなるくらいです。
「バイトはしてません。結構偏差値の高い高校にも受かったんですけど、2か月で辞めてこれだけで食べてます」
「神社仏閣ではないので、5円、10円じゃご利益はありません!」
「タダで見てもらえる芸をやっているとは思っていません。凄いと思ったら金額で示してください」
技に勝るとも劣らないトークにも惹きつけられます。
「家賃が払えない、ってどういうこと?」
自虐ネタの意味を、不思議そうに長男が尋ねます。6歳にはまだ難しい「生活のためにお金を稼ぐ」というテーマ。どう説明するか悩んでいるうちに、「金属アレルギーなんで、銅とかではなく紙幣でお願いします」という声につられて、財布から1000円札を取り出していました。
飛び石の平日となった翌日は、代休を取って登園の付き添いです。幼稚園への道すがら、前日の興奮が冷めやらない長男は、身振り手振りでジャグリングの様子を再現します。
出迎えた担任の先生にも...と思いきや、開口一番、「先生、きのうはお父さんを手伝ってあげて大変だったんだよ!」。
イベント中は退屈して外に連れ出してもらったり、疲れて舟をこいだりしていたことは内緒にして、先生に事細かに設営作業の様子を説明します。楽しかった休日一番の思い出は、自分が働いたことだったのです。 「勤労」の意味はわからなくても、働くということを、自分なりに考えるようになるきっかけとなった一日は、何よりの体験になったことでしょう。「父の背中を見て学べ」なんて偉そうなことを言うつもりはありません。将来、心から打ち込んで、楽しめる仕事に出会ってほしいと思います。
(石橋 大祐)
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