SDGsトーク3 (上)「1+1=2」を体得する
小川祐二朗記者(右)と田中孝宏・アドバイザー
3回目となる今回の「SDGsリレートーク 『じぶんごと』からはじめるために」は番外編。読売新聞社と東京大学大気海洋研究所が特別協力する高校生による研究プログラム「海プラ問題を解決するのは君だ!〜高校生×研究×社会問題解決プログラム」でコーディネーター役を務める読売新聞教育ネットワーク事務局の小川祐二朗記者に、今春まで小学校長だった教育ネットワーク・アドバイザーの田中孝宏さんがあれこれと尋ねます。ずばり、SDGsに取り組む若者のパワーで、社会を変えることはできるのか。
まとめ:勝俣智子(教育ネットワーク事務局)
──今回の研究プログラムはまさに高校生が主導しているんですね。
小川 高校生たちの「飛び込み営業」です(笑)。実行委員長を務める楜澤(くるみさわ)哲さんから直接、アプローチがありました。たまたま東京大学大気海洋研究所に旧知の研究者がいて、ちょうど今回のテーマになっている海洋プラスチック問題の研究を始めているとも聞いていたので、研究所に協力をお願いしたところ、快諾していただきました。
──参加するのは全国の高校生ということですが、いまどきの若者は「環境問題」にどれだけ興味を持っているのでしょうか。
私自身、小学校の現場に身を置いて、SDGsの実践を考えるときによく言われてきたことでもあるんですが、「子どもたちが考えられない」「何か与えてあげないと問題意識が出てこない」とそんな状況になっているのではないかと感じていました。課題が生じた時の解決方法などが身についていない状態で、社会に出てきてしまっているような気がしますね。小中学校である程度、問題解決に取り組んだ経験がないと高校生はどうなるのかなと心配です。
小川 私は必ずしもそうではないと思います。今年4月から読売新聞朝刊で月1回掲載している「SDGs@スクール」の取材を担当して感じていることは、若い人たちは大人以上に未来に対する危機感を持っているなということですね。「このままでは未来はまずいぞ」という言葉をいろいろな若者から聞きました。
そんな彼らも「未成年の自分たちだけでは、まだ社会を変えることはできない」という自覚はある。だったら、大人にも共感してもらって、協力してもらおうと戦略的に動いているんです。
──大人も巻き込んでしまおういという、その発想がおもしろいですね。
小川 SDGs@スクールで取り上げた「難民を救う」で紹介した高校生も、大人たちをうまく巻き込んだいい例ですね。彼らが昨年から始めた「Sustainable Game(サステナブル・ゲーム)」の取り組みは、街をフィールドワークし、たまたま出会った人のインタビューを通じて把握した課題と解決法を発表するゲームのようなイベントです。
私が東京・新宿近くで取材した日は、参加した中高生たちがアジアレストランのネパール人店員に難民問題について、英語で質問していました。イベント会場=写真=は毎回、企業や非営利組織(NPO)と交渉して無償で借りています。
──その高校生はどのようなきっかけで、そうした取り組みを始めるようになったのでしょうか。
小川 取り組みを始めた高校生の活動の原点になっているのが、ドイツに住んでいた小学生時代の体験だそうです。足を切断したアラブ系の物乞いの男性に、パンを求められて思わず逃げ出してしまった経験がきっかけで、日本に戻ってきて中学3年生になると大人ばかりが参加しているSDGsのセミナーにひとりで参加して勉強を始めました。
次のステップとしてSDGsの目的や重要性について自分の学校で広めたいと考え、SDGsの目標をあしらったアイコンをステッカーにして先生たちに配り、学内での認知度を100%に引き上げるということから始めたそうです。
──自分の学校からというのは、まさに「じぶんごと」から始めたという感じですね。なるほど、そういうアプローチもあるんだ。
私は教師という経験上、どうしても学校サイドに立って取り組みを広げる手立てから考えてしまいがちなんですが、なるほど、子どもたちの中で議論の盛り上がりがあったときに、学校の方から「手を貸してあげる」という方向もあっていいですね。それは新しい発想だと思います。一番大切なのは、子どもたちのほうから「こういう問題を見つけました」「こういうことをやらなきゃいけないんじゃないか」と言ってきてくれることですから。
子どもたちが感じた疑問を先生たちがすくい上げて、SDGsに絡めて議論を質量ともに引き上げる。その過程で、協力者や賛同する企業を集めてくるのは大人の仕事です。今回、小川さんが関わる海プラ問題のイベントのようなパターンを、本当は学校でやらなければならないと思っていました。
小川 こんな例もありました。これもSDGs@スクールの記事で取り上げていますが、広島県立世羅高の取り組みは、生徒の発案に対して、先生や地元の大人たちが寄り添い続けたところ、いい結果が生まれたという好例です。
彼らの取り組みは、地元のニシキゴイの養殖の話です。発色のいいコイを育てるために稚魚の99%が廃棄されているのを生徒たちが授業で知り、「もったいない」と思い悩んだのがスタートでした。「命」がむざむざ焼却されるのですから、当然です。そこで稚魚を水田に放し、雑草などを食べてもらう「アイガモ農法」ならぬ「コイ農法」を思いついた。お米も収穫できて、取り組みを地元メディアも報道してくれた。
──それはなかなかいいアイデアですね。
小川 ところが、そのアイデアに「待った」がかかってしまうんです。県庁の環境政策担当から、「コイが用水路を通じて逃げ出したら、地域河川の生態系が崩れてしまう」と指摘されてしまいます。私も取材でこの話を聞きながら「そりゃそうだろうけど、なんだかなあ」とやるせない気持ちになりましたが、生徒たちはそんなことでめげたりはしないんですね。
次は調味料として知られる塩汁(しょっつる)、ニョクマムで知られる魚醤(ぎょしょう)作りを思い立つんです。さっそく広島県内の業者の協力も取り付け、開発に乗り出します。
──めげないところがいいですね。
小川 ところが、再び反対意見が出るんです。「県立高校で魚醤をつくるのは、衛生上いかがなものか」と。
──うーむ。大人だったらそういう心配をする人がいるかもしれませんね。
小川 それでも彼らはくじけずに研究を続け、困難を克服することに成功するんです。そして最終的に、彼らの研究は全国ユース環境活動発表大会で環境大臣賞を受賞しました。私が取材した高校生2人は、この研究が認められて今春、大学のAO入試に合格しました。もともとは高校卒業後、地元で就職することを考えていたという彼らですが、SDGsの研究を通じて大変身したんですね。
完成した魚醤について感想を述べあう世羅高校の生徒たち(当時) |
──こうした研究を成功させるためにも、先生にも地元のネットワークがある程度は必要だということでしょうね。先生1人で、たとえば地元で協力してくれる人を30人知っていたとしたら、取り組みが地元での活用につながる。
先生たち自身のあり方っていうのがまず一つ条件にあって、同時に子どもたちの考えが引き出されていく。その時に行政の手助けが得られれば、もっとよかったのでしょうね。
小川 世羅高校の場合、生徒たちから相談を受けた町長が知り合いの農家に頼んで休耕田を借りてくれたんです。高校生たちの実践は要するに、コミュニティーの形成、いわゆる「地域づくり」につながる活動なんですよね。
子どもたちの素朴な疑問をすくい取り、それを周りの大人たちが支援して地元での活用を目指す。それをやることによって、SDGsの17つの目標にもある「住み続けられるまちづくりを」(目標11)や「パートナーシップで目標を達成しよう」(目標17)につながっていけるんじゃないかと。
──SDGsに絡めた取り組みを進めることで、SDGsの目標自体も同時に達成できる。「1+1=2」という、事実から教えていくんじゃなくて、「1+1」の実践を自分でやっていくうちにそれがわかってくるという、まったく新しい視点ですね。本来は学校の授業も、そういう思考や学習の流れでもいいんじゃないかと思いますね。
おがわ・ゆうじろう
北海道支社を経て科学部。遺伝子や細胞を扱う先端医学のほか、地球温暖化問題や生態系保護などの環境問題を取材した。読売新聞の長期連載「医療ルネサンス」、「教育ルネサンス」のほか、「環境ルネサンス」なども担当。メディア局でニュースサイト「YOMIURI ONLINE」の取材・編集を担当し、西部本社で編集委員を務めた。
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