ぬまっち先生コラム12 アナザーゴール(1)

すべての子どもに、交換日記をその日のうちに必ず書いて戻す。「こういうのはメールじゃダメなんですよね。筆圧からその子の気持ちが分かりますから」

沼田 晶弘


第12回 アナザーゴール(1)


 

♣「勉強したい子」ばかりじゃない

 現代の小学校と、江戸時代の寺子屋との一番大きな違いは何でしょう?

 寺子屋は「学びたい」と思っている子たちが集まるけれど、小学校は「義務教育」だというところではないでしょうか。小学校へは原則、みんな行かなきゃならない。外で遊びたくても、授業中は教室で座っていなきゃならない。みんながみんな、ものすごく勉強したい子とは限らないってことです。

 そんな小学校で、先生たちの最大の悩みは、自分が学んでほしいと思うことに、子どもたちがいつも興味を示すわけではないことではないでしょうか。

 例えば「日本の農業について学ぼう!好きなテーマで考えていいよ!」と先生が言ったとします。でも、子どもは乗ってきません。農業に興味がないからです。野菜はスーパーでいつでも買える。いちごみたいな果物も、最近は旬と関係なく売り場に並んでる。自分たちが食べているものが、どうやって作られてきているのか、子どもの中でつながっていない。農業について、何をどう考えればいいのかが、そもそもわからないのです。

 

♥遠すぎるゴールでは子どもはついてこない

 だからといって、子どもが興味あること、やりたいことばかりやらせて、それで教育になるでしょうか? 授業は楽しかったけれど、中学生になっても九九が分からなかったら、その子は将来もっと困ることになります。

 「最初は興味なくても、やってるうちに面白くなる」という意見があります。苦しくても我慢して続けさせよう。だって、その子のためなんだから。わかってきたら楽しくなる。それが教育というものだ――こういう人はけっこう多いのです。でもボクはちょっと厳しいと思っています。

 ダイエットで考えてみましょう。「1年で10㌔痩せるぞ!」と目標を立てたはいいが、1か月で数百㌘しか減らなかったら、もっと頑張らなきゃ! と焦りますよね。カロリー制限や糖質制限、食べたいものも食べられず、雨の日もジョギングしなきゃならない。モチベーションがどんどん下がって、ある日我慢できずにバカ食いして、かえって太ってしまったり。教育とダイエットを同列に論じるのは無理があるかもしれませんが、ボクが言いたいのは、「理想は高いけれど、遠すぎるゴール」というのは、なかなか達成が難しいということです。その道のりが楽しいものでなければなおさらです。

 

♠勉強嫌いのための「アナザーゴール」作戦

 ボクは小学生の時、勉強が嫌いでした。先生の言うとおりやっても、なかなか楽しいと感じることができなかった。だから小学校の先生になった今、どうやったら子どもにとって勉強が楽しくなるのか?といつも考えています。また、それが学校の仕事だとも思っているんです。

 そこでボクが編み出した作戦が「アナザーゴール」です。

 遠い最終ゴールでなく、目の前にやりやすい「もうひとつのゴール」を出してあげる。それがクリアされたら、少し先に、また別の小さなゴールを出す。これを繰り返しているうちに、あら不思議、いつのまにか大きな最終ゴールにたどり着いているというわけです。

 

♦子どもの「特徴」をよく観察すると......

 ボクたちのクラスが昨年5年生だった時、社会科の地理で「日本について学ぼう」という単元がありました。自分の好きな都道府県について調べよう、いろいろな観光地について発表しよう、外国人のお客様にそれを伝えよう。ボクもいろいろ考えました。

 ......うーん、これでは子どもたちは食いつきません。反抗期の子ならなおさらです。「調べたきゃ自分で調べれば?」とか言われてしまいそうです。

 先生として「やれ」と言うことも、もちろんできます。「やってるうちに面白くなるだろう」という、例の淡い期待です。でも、彼らは最初こそ従いますが、持っても3日くらい。だんだん露骨に授業を嫌がるようになります。ワザと深刻な相談をしてきたり、あの手この手で授業をボイコットしようとします。それでも「やれ」と言い続けるのは時間のムダだし、なにより、学習効果が上がってこないのです。

 そんな時、ボクは子どもたちをじっと観察します。(教育の世界では、こういうのを「見取り」と言います。)どうしたら彼らのやる気に火をつけられるのか?

 ボクたちのクラスの「特徴」はこうでした。

 

(1)面白いと思ったことはトコトンやる

まあ当たり前ですね。誰でもそうです。逆に言うと、やりたくないことは徹底的に嫌がります。

(2)コンピューターが好き

これはいまの世代ならでは。パソコンをいじらせるといつまでも離れないし、ドンドン上達します。子どもの向上心はすごいんです。

(3)ヘンなことや新しいことが好き

これは......ひょっとしたらボクの影響かもしれません。

(4)リアルな世界に触れるのが好き

教室の中だけで「よくできました」と褒められるより、学校の外に出て、大人に感心されるのが好き。社会で使えるようなスキルも大好きです。

(5)勝負が好き

やっぱり競争がなくちゃ面白くない。じゃんけんだって、勝った時の報酬があるから燃えるんです。

 

「勝手に観光大使」プロジェクト始動

 以上のことは、ボクたちのクラスだけでなく、世の中の多くの小学生にも当てはまると思うんですが、どうでしょうか。

 さて、こんな子どもたちが、自分で勝手に日本全国の地理を学びたくなるような「アナザーゴール」とは?

 そこでボクが提案したのが、「勝手に観光大使」というプロジェクトです。


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沼田先生略歴

ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。現在は6年生担任。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。

 

(2016年1月25日 10:00)
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