沼田 晶弘
第21回 シュートをねらえ!(2)
♣シュートを決めたら即交代
6-1式タッチバスケの最大のポイントは、「シュートを決めたら即交代」というルールです。
エース級の選手がいても、シュートで得点したらコートを一度去らねばなりません。次にその子が復帰するためには、残ったメンバーで得点し、ローテーションするしかありません。コートに長く残りたかったら、シュートを打てないというジレンマが生じるのです。
この「縛り」が、普通のバスケとは異なる戦略を生むことになります。
1人をゴール下に配置し、パスでボールを集める。その子はシュートを決めて交代。チームの司令塔はボール回しとディフェンスに徹し、得点ゲットの「砲台」は、あまり運動が得意ではない子に任せるという作戦が有効になってきます。
そういう役割分担がはっきりすると、シュートの苦手な子は勝手にシュートの練習を始めます。10回打って1回しか入らなかったのが、3回になり、5回になる。その子が上手くなればなるほど、チームの得点力向上につながっていくのだから、練習にも力が入るというものです。
男の子と女の子が同じコートで戦う |
♥リーグの「得点王」は女の子
実際、そういう戦略を取ったチームは躍進しました。
シーズンでぶっちぎりの得点王になったのはそのチームの女の子ですが、彼女は決してボールゲームが得意な子ではありません。その子が、体育の1時限で計12得点も挙げたりするようになった。前述したように、得点したら一度コートを出るルールなので、ものすごい命中率だということがお分かりでしょう。ちなみに、得点ランキングの上位に名を連ねたのは、彼女のような運動が苦手な女の子たちでした。
チームによって戦略はさまざまで、メンバーが均等にシュート力を持つチーム、守備が堅いチーム、強力なリーダーが引っ張るチームなど、いろいろなカラーが出ました。ルールの枠内で、チーム全体の「得点力」を最大にするべく、クラス全員が頭を絞って作戦を練ったわけです。
その勝負はある意味、ドラフトによるチーム構想の段階から始まっていたとも言えます。
♠大リーグ・アスレチックスの挑戦
ところで、『マネーボール』というアメリカ映画(2011年)をご存知でしょうか。
2002年の大リーグで、オークランド・アスレチックスが、球界の常識を破る戦略を打ち出します。「セイバーメトリクス」と呼ばれる統計理論で選手のさまざまな数値データを徹底的に分析し、従来の評価基準(長打率とか盗塁成功率とか)とはまったく違う物差しで選手を評価しようとしたのです。
アスレチックスのゼネラル・マネジャー(GM)ビリー・ビーンが重視したのは、「チームとしての得点力」でした。ホームランの数や、時速150キロのボールを投げられるかどうかは、個人の能力の高さを示すものであっても、チームの得点力につながっているとは限らない。長打をかっ飛ばすが三振も多い選手より、打席で粘って粘って、四球を選んで出塁する選手の方が優秀なのでは? 犠牲バントは、必ずアウトカウントが増えるから、むしろ不利なのでは?
そんな視点から選手の能力を洗い直したビーンは、年棒に引き合わない選手を放出する一方、他球団から見放された選手と次々に契約します。大型補強を行うのではなく、誰にも気づかれずに埋もれている選手を集めた。ビーンは、数字の裏に隠れた彼らの真価を見抜き、それが生かせるチームを作ろうとしたのです。
若いころのビーンは、スカウトに大型選手とちやほやされ、大学を捨ててプロ入りしたのに、成績を残せないまま引退。ルックスや目に見える記録ばかりを評価するスカウトの眼力に疑問を感じていた彼は、孤立しながらも信念を貫き通し、ついにアスレチックスに奇跡の快進撃をもたらします。
♦「マネーボール理論」を学校体育に!
ボクは02年、ちょうどアメリカの大学に留学中でした。だから、アスレチックス20連勝という「奇跡」を幸運にも目の前で見ることができた。そんなこともあって、この映画が大好きなのですが、ビーンがこだわった「個人個人の力より、チームの総合力」という考え方は、実は、学校体育にこそよく当てはまるのではないか、と思っています。
大リーグの理論が学校体育に! とまた驚かれるかもしれませんね。まあ、もう少しだけお付き合いください。
20<< | 記事一覧 | >>22 |
沼田先生略歴
ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。現在は6年生担任。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。