異見交論

大学のいまを語り、未来を考えます。
異見交論52 「東大は検定試験導入に軟着陸を」杉山剛士氏(埼玉県立久喜高校教頭)(2018年7月31日)

 「大学入学共通テスト※」で英語民間試験の成績を「活用しない」案を最優先とした東京大学ワーキンググループの答申に対し、さまざまな反響が出ている。今回は、埼玉県立久喜高校教頭(参与)の杉山剛士氏。全国高等学校協会の理事として現場の意見に耳を傾けてきた経験を持ち、主に格差の拡大といった懸念から、「まっとうな考えだ」と評価する。民間試験は都市部、中でも家計所得が豊かな子どもの方が受験に有利だからだ。「邑に不学の戸なく...」とした学制発布の理念を損なうものだという。だがその上でなお、4技能を問うことには意味があるとし、「軟着陸」を求める。さらに、独自のスピーキング試験の開発も提言する。(聞き手=松本美奈・読売新聞専門委員、写真も)


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※大学入学共通テスト

高校・大学教育を一体的に見直す「高大接続改革」の一環として始まる。現在のセンター入試を改める形で導入される。このうち英語では4技能(話す・書く・聞く・読む)の評価が新たに盛り込まれる。受験生が事前に受けていた資格・検定試験の結果を「成績」として提出することができる。

 

■4技能を問う必要はある

――WG答申をどう受けとめたか

 

杉山 しごくまっとうな内容だ。高大システム改革会議が最終報告※を出し、国立大学協会も受け入れる方針※を表明した。あとは大学がどう活用するかが問われているこの時点まで来て、言わざるをえないと追いつめられたのか......とも感じた。

 

※高大接続システム改革会議最終報告

「英語については、『書くこと』や『話すこと』を含む四技能について、例えば、情報を的確に理解し、語彙や文法の遣い方を適切に判断し活用しながら、自分の意見や考えを相手に適切に伝えるための、思考力・判断力・表現力を構成する諸能力を評価する。また、民間との連携の在り方を検討する」

「その具体的な在り方について、民間の資格・検定試験の知見の積極的な活用の在り方なども含め検討する必要がある」

(2016年3月31日)

 

※国大協の方針

大学入学共通テストの枠組みにおける英語認定試験及び記述式問題の活用に関するガイドライン(>>PDF

 

――なるほど、出さざるを得なかったのだと。ただ、答申は4技能を問うことに異論を唱えてはいない。

 

杉山 そう、4技能を問う必要はある。リーディングとリスニングはインプット、ライティングとスピーキングはアウトプット。インプットだけではダメ、バランスを取ることが重要だ。何かを学び取って、他者に発信し、交流すれば、創造的なことにつながる。ただ、民間検定試験を50万人が参加するナショナルテストに使うことの課題は残されたままだ。不安を解消すべく国はきちんと答えてくれ、と答申が書いているのはもっともだと思う。

 

――4技能を問うことではなく、民間検定を50万人の入試に使うことが問題だということか。

 

杉山 そうだ。問題点は三つある。一つ目は学習指導要領との整合性、二つ目は各検定を比較するCEFR※の妥当性、三つ目は格差拡大だ。家計における経済格差、地方と都市の格差の拡大を懸念している。

 

※CEFR(セファール)

語学力のレベルを示す国際標準規格

>>資料:「資格・検定試験とCEFRとの対照表」文部科学省(PDF)

 

――まず、学習指導要領の問題について聞きたい。

 

杉山 検定試験はそれぞれ作られた趣旨が違うし、学習指導要領と連動していない。指導要領は「錦の御旗」だから、文部科学省は現場が指導要領から逸脱していないか、目を光らせてきた。それが今度は、指導要領と切り離されたものを使えという。矛盾している。

 

――では、今の東大の英語二次試験は学習指導要領との整合性があるということか。

 

杉山 ある。浦和高校の英語教員たちからは「いい問題だ」と聞いている。思考力を見ているというメッセージが伝わってくると。浦和高校の卒業生も「東大は単なる英語力ではなく、日本語と英語を自由に往還して考える力を見ている」と分析していたようだ。

 

――二つ目は、CEFRの妥当性だ。

 

杉山 多言語の欧州で、外国語の熟達度を同一の基準で判断するために作られた参照基準だが、それを入試選抜に使っていいのだろうか。だが何よりも懸念しているのは、格差の問題だ。

 

 

■文科省は理念を捨てたのか

――格差は、教育の根幹にかかわる問題だ。

 

杉山 「邑(むら)に不学の戸なく家に不学の人なからしめんことを期す」――。明治5年、学制発布で出された理念だ。立身出世主義という面もあるが、教育を通して格差を是正していこう、教育を通してよりよい社会をつくろうという筋の通った理念があった。戦後に新制高校・大学を数多くつくったのも、その流れがあったからだ。だが、今回の民間検定導入は、その方向性を変えてしまった。教育政策が進めば進むほど、格差が開くと懸念する。

 私は全国校長会の理事として、各地の校長たちと意見交換してきた。地方の課題は切実だ。まずアクセスの問題。たとえば英検1級は青森では受けられない。だから青森の高校生は仙台まで行かなければならない。費用の問題もある。何度か練習のために受けさせたくても、家計の厳しい家庭、地域があるのが現実だ。学校レベルでそうした対策に取り組む高校は、埼玉県内を見ても進学校だけだ。中堅以下の高校では、難しい。就職する子もいるし、専門学校に進む子もいるから、費用負担の公平性を考えても、そこまではできないということになる。このほか、学校行事や部活動との日程調整を心配する声も、たくさんある。

 

――男女格差はどうか。いまだに残る「女の子に教育は要らない」という傾向に拍車をかけないだろうか。

 

杉山 その点については、妥当な答えを持っていない。

 

――学校現場の対応にも差は出てくるだろう。

 

杉山 今年になってよく耳にするのは、「英語の先生が見つからない」という声だ。英語の先生が空席のまま、他の先生方の時間割を変えて穴埋している学校が、いくつもある。英語教育推進ということで需要が急激に膨れ、供給が追いついてないのではないだろうか。もしかしたら、なり手自体も減っているのかもしれない。負の循環だ。

 

 

■失敗を許さない教室

――そもそも「英語ができる」とはどういう状態だろうか。

 

杉山 英語で堂々と渡り合える力――それが最終形、理想だ。海外に飛び出す「外なるグローバル化」があれば、外国人と日本で共生する「内なるグローバル化」もある。英語はコミュニケーションツールで、重要性は増している。だが、日本人はなかなか英語を話せない。

 

――間違ったらいやだ、恥をかきたくない。大学生を取材する中で、そうした感情が根強いことを実感している。さらに、学校教育が間違ったメッセージを子どもたちに出しているような気もする。間違えることは恥ずかしい、間違ってはいけない、と。

 

杉山 いまの話に共感する。英語教育の問題か、もっと広い問題。失敗を恐れない精神が子どもに弱いし、教員にも失敗を許容するという精神が弱い。これが年々深刻になっているような気がする。教室は安心して失敗できる場所でなければならない。マインドやカルチャーを変えることが大切だ。最近は浪人を許さない。現役思考も強い。

 

――どうしたら英語力はつくか。

 

杉山 英語の必要性を感じたらつくと思う。つかないのは、日本語だけで十分な国だからだ。よし、学ぼうと思ったときに、自分で身につけられるようにするのが、高校時代の英語力だ。

 宇宙飛行士の若田浩一さんは、挫折を体験していた。20歳代後半で日本航空の研修で米国に行った際、管制塔との交信が全くできない。自分は命を預かる仕事にもかかわらず、できない。一度はあきらめかかった。だが、思いなおし、管制塔とパイロットのやりとりを録音して、一日中聞き続けた。半年たったら鮮やかにやりとりを理解できるようになった。若田さんは「語学習得は反復あるのみ」と話していた。何のために語学を勉強するのかと目的意識を持ち、強い気持ちで努力する。この目的意識と強い気持ちが、大事なのだろう。

 

――答申が門戸を狭めると懸念していた「A2」レベルは高いだろうか。

 

杉山 進学校なら、「A2」はクリアするだろう。だが、中堅以下の高校では厳しい。大学で大事にしなければならないのは多様性だ。ある高校に入ったら大学進学はだめだ、と思わせてしまことはまずい。

 

――東大はすでに多様性を失っている。首都圏に住む、高額所得者の子どもたちが大半を占めている。しかも女子学生はたったの2割。だからこそ多様性が必要なのだ、という考え方もできる。それはさておき、冒頭、「言わざるを得なかった」という発言があった。東大の責任を考えたうえで、それでもなお「言わざるを得ない」と受け止めたのか。

 

杉山 答申は、高大接続改革全般ではなく、民間試験をナショナルテストに使うということへの懸念を表明しているだけだ。高大接続システム改革会議の最終報告には、民間検定のことを書いていなかった。それがある日突然、使うと...。違和感があるのに、あっという間に受け入れられたのは、これほど長く勉強しているのに英語をしゃべれない、という日本人全体のコンプレックスが手伝っているだろう。国立大学も、国からのプレッシャーを感じているだろうし。

 その中で当然、東大には高大接続改革を引っ張っていかなければならない責任がある。しっかりリードしてもらいたい思いもある。二次試験でスピーキングの力を独自に測ってみたらどうだろう。

 

――それはおもしろい。東大は1998年、センター入試に先駆けてリスニングを二次試験に取り入れていた。その後、他大学にも広がり、2006年にセンター入試に入ってきたという経緯がある。

 

杉山 スピーキングは、採点に手間もマンパワーもかかるが、国大協が導入に向けてのガイドラインを出したこの時点になり、答申で大見えをきっているのだから、そこまでやるのも解決策の一つではないか。

 

 

■機会の平等、結果の平等

――東京外国語大もスピーキング試験の開発を進めている。東大が独自に進める意義は大きいだろう。ところで、先ほどから「公平」を口にしているが、東大入試は公平だろうか。

 

杉山 入試自体は公平だ。機会自体は平等に与えられている。だが、東大入試に向けたプロセスには、地域格差や経済格差が厳然としてある。結果の平等が確保されているかというと、そんなことはない。

 ただ、東大が推薦入試を導入したことで、一般入試では入れない生徒が入学していることは重要だろう。大事なのは多様性だ。 2年前に渡米し、有力10大学を回った。そこでハーバードやスタンフォード、UCバークレーで、「How many students from one school in maximum?」と尋ねたら、「大体、2、3人だ」と答えていた。日本では100人以上が入ると言ったら、「多様性は確保できるのか、大学は活力を持てるのか」と非常に驚いていた。米国の大学は多様性をとても大事にしているのだ。

 

――東京都教育委員会が、都立高校入試へのスピーキング導入に動きだした。いずれこれは全国の高校で広がっていくではないだろうか。その中で、高大接続の現場ではどう考えていくべきだろうか。

 

杉山 東京都は、スピーキング試験を民間の知恵を使って開発するのではないだろうか。それが筋だ。国も、もしこういう形でできるなら。さらに言うのならば、2024年度以降も、入試センターの英語を続けてほしい。センターは障害のある生徒にも丁寧に対応をしてくれた。ノウハウも持っている。なくなるのは、国家的損失だ。

 

――続けるのであれば、ぜひこれまでの回答をきちんと分析してほしい。宝物の上にあぐらをかいているように見える。それはさておき、民間検定をどう扱うべきだと考えるのか。

 

杉山 現実的には「ハードルは低く、ウェートは小さく」だ。4技能をバランスよく伸ばすことは重要なことなのに、これまでの日本語による英語教育がインプットに偏りがちだったのは事実だ。それがここにきて、小学校で英語教育が本格的になり、高校の授業も変わりつつある。その流れを止めることは決して得策とは思えない。ここは軟着陸が大事だ。

 たとえば「A2」レベルを目標に据え、センター試験の英語200点のうち加点は10点止まりにする。「B1」でも10点にして、門前払いにしないというメッセージを出す。そうした緩やかな移行で、検定を受ける文化をまず根付かせ、4技能を意識して学習する教育環境作りを進める。もちろん、独自のスピーキング試験開発の可能性も忘れないでほしい。

 


おわりに

 東大が独自のリスニングを入試に導入した1998年当時には、学内でも異論が噴出したらしい。だが、結局、それは学内の英語教育を大きく変えるきっかけとなった。その後、リスニング試験は他大学に広がり、2006年にはセンター入試にも導入されて、入試を「ゴール」と考える高校教育に大きな影響を与えた。どこまで意識していたかはわからないが、日本最古の大学として、世界と渡り合っていく日本のありようを提示したのかもしれない。

 「大学が最も大事にしなければならないのは多様性だ」という杉山氏の言葉に賛同する。東大がこの言葉をどう受けとめるか。それでなくても、国立大学の存在意義が問われている。基礎的な運営費だけで毎年800億円超と、最も国費を投じられている東大は、今回の問題にどう答えを出し、日本の教育を先導していくのだろう。五神学長が9月に出すという方針を注視したい。(奈)

 


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